このページでは、本制度による採用者の研究活動、また日本留学時の思い出などを紹介します。
氏名 (国籍/受け入れ大学)
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このページでは、本制度による採用者の研究活動、また日本留学時の思い出などを紹介します。
氏名 (国籍/受け入れ大学)

◆◆帰国外国人留学生プロフィール◆◆
(国籍) インドネシア
(日本留学時の学歴)
1999年4月〜2001年3月 愛知教育大学大学院 教育学研究科 (修士)
(専攻分野) 異文化間ポライトネスの人類言語学的研究
(現在の所属/職位)
ムハンマディア・マラン大学/教員
◆◆研究報告◆◆
(受入れ期間) 平成20年12月25日〜平成21年3月23日(89日間)
(受入れ大学) 愛知教育大学
(研究課題) 異文化間ポライトネスの人類言語学的研究
(研究概要と結果)
私の研究テーマは、日本で学ぶインドネシア人留学生が体験した文化的なギャップの実態でした。具体的には、日本人の講師の方々が無作法と感じるインドネシア人留学生のマナーの同定・分析を試みました。その結果、ほとんどの日本人講師はインドネシア人留学生が講師にきちんと応対していると考えていることがわかりました。講師のなかにはわずかですが、留学生が講師室を去るときにお礼を言わない、講師の目や顔を見て話をしないといった行動が無作法であると指摘された方々もいました。とはいえ、これらの行動は、私のプロジェクトに協力してくださったほとんどの日本人講師にとっては、容認できるものだったようです。
(本制度に対する感想)
日本の大学に留学した元留学生にとって、本制度は非常に有益だと思います。日本で数年間生活し学んだ後に、留学生たちは母国へと戻り、勉学の成果やその他の日本での貴重な経験を母国に根付かせようとします。けれども、しばらく経つと、いくつかの問題に直面し、再び日本を訪れてさらに研究を行うことが必要になってくるのです。個人的に、私はこの制度から多くを得ることができました。私の研究の成果が、これから日本への留学を希望している研究者や日本の老人養護施設等で働くために来日する介護士の研究に役立つことを期待しています。
◆◆日本留学の思い出◆◆
私が留学先として日本を選んだ主な理由は2つあります。1つは日本が高度に発展した国であるからで、もう1つは日本がアジアの国であるからです。母国インドネシアと日本とは違う点がたくさんありますが、両国ともアジアの国ですので、共通点もきっとあるはずだと思っていました。近代的な先進国である日本には、途上国から来ている人々に提供するものがたくさんあります。一方で、私たちには日本の過去の経験から学ぶことが数多くあります。日本に暮らすことで、私は、自らの専門性と知識を大いに高めることができ、キャリアアップに役立ちました。インドネシアに帰った後も日本の指導教授や同僚のみなさんと連絡をとり続けたいと思っています。みなさんにはインドネシアにお越しいただいて私の大学で研究や講義をしていただけたらと思います。できればムハマディヤ・マラン大学と愛知教育大学の学術協力関係を築きたいと願っています。

◆◆帰国外国人留学生プロフィール◆◆
(国籍) 中国
(日本留学時の学歴)
1992年1月〜1993年3月 筑波大学地球科学系研究科 (研究生)
1993年4月〜1996年3月 筑波大学地球科学系研究科 (博士)
(専攻分野) 地理学・水文学
(現在の所属/職位)
中国科学院地理科学与資源研究所/教授
◆◆研究報告◆◆
(受入れ期間) 平成20年12月1日〜平成21年2月28日(90日間)
(受入れ大学) 千葉大学
(研究課題) 日中水環境および水質変遷に関する比較研究
(研究概要と結果)
現在、中国は急速な経済発展の歪みとしての深刻な地域環境(公害)問題に直面しています。特に、都市周辺の湖沼(太湖、巣湖、デン池)、水量が不足がちな東北部・華北部の河川(遼河、海河)、河道勾配がほとんどない河川(淮河)等を中心に汚染が顕在化しています。その中でも特に深刻な水環境劣化にあるのが、流域面積27万平方キロメートル、 人口1.65億(2000年)、人口密度は全国の4.8倍と、高度な土地利用と人間活動が営まれる淮河流域と言われていて、数年前の水質調査では、淮河は中国の7大河川で最悪の水質であることが報告されています。
極めて低平な淮河流域を洪水から守り、高度な社会経済活動を支えるために、2000年までに1.1万に及ぶダムや水利施設(取水堰・水門)が建設され、治水利水管理に関する本来の機能が十分発揮される一方、水環境への深刻な影響も懸念されています。例えば1994年7月の大洪水では、ダムの緊急放流により河床に堆積していた汚泥が下流側に一気に流出し、水質・生態系のみならず、多くの住民の健康に被害を与えた「淮河水汚染事件」が発生し、世界的にも注目されました
経済成長とそれに起因する環境問題との相克は、日本が過去に経験してきたことであり、淮河のみならず他の中国の河川、そして今後アジアの発展途上国でも同様の問題が起こる可能性が高いです。ただし、経済のグローバル化が進む中で、公害先進国である日本の経験がそのまま当てはまる訳ではありません。しかしながら、日中の研究者らが淮河流域の水環境劣化問題に取り組んでいます。
(a) 水質汚染の原因を把握し、どのような対策を講ずるのか
(b) 既存の水利構造物が生態系と環境に、どのような影響を与えているか
(c) 生態系修復と水質改善のための水利構造物の適切な運用はどのようにあるべきか
本共同研究では、淮河流域の水環境劣化問題の解決を目標として、日中の研究者交流を通じて以下の観点から議論しました。先ず現在淮河流域で抱える問題点とその原因を整理し、次に対策技術と環境修復に関する論議を深め、持続可能な流域管理に資する提言をまとめました。
主な成果:
(1) 淮河流域の生態系と水環境を保全するための河川負荷軽減の水利構造物の運用・管理
(2) 淮河流域の代表的な場所における水質、河川生態系に着目したGISベース水環境管理モデルの開発
(3)淮河流域の特定河川区間において、水資源管理と生態系保全の両立可能性の明示
(本制度に対する感想)
この制度のおかげで、千葉大学大学院園芸学研究科教授唐常源先生のもとで、日本の水環境に関する最先端技術を学びながら、共同研究を行うことができました。長期間にわたり、日本の文化、環境を体験し、研究生活を送ったのは久しぶりでした。唐先生の研究室は、多くの成果をあげていたために優秀な学生が集まり、日本国内でも千葉大学でも大変人気があります。この場をお借りして、唐先生をはじめ、千葉大学の先生方、事務担当者の方、もちろんJASSOにも大変感謝しています。とても良い制度だと思います。今後ますます制度が充実することを期待しています。
◆◆日本留学の思い出◆◆
私は中国地質鉱産部の河北地質大学(水文地質・応用地質専攻)を卒業して、中国石炭部焦作鉱業大学に就職しました。その後、長春地質大学に入学し、水文地質専攻で修士学位を取得し、主に、鉱山水害防止の教育及び研究を行っていました。優れた研究者となるために、外国に留学することを考えていた頃、一人の同僚で先輩の孫先生が日本に二年半留学して帰ってきました。孫先生の推薦で、文部科学省の大学推薦の国費外国人留学生として、国際的に著名な水文学者、筑波大学榧根勇教授のもとに、留学しました。
日本留学時の思い出、日本の印象:
初めての海外で、しかも初めての飛行機で心細かったが、無事に成田空港に着いて、日本に来ることができました。出迎えは、同じ研究室の先輩辻村さん(現在筑波大学の准教授)と劉さん(現在中国気象科学研究院教授)でした。雨の中、タクシーに乗り、筑波研究学園都市に着きました。夜のため、周りの景色は何も見えませんでしたが、二人の先輩はとても親切で、ほっとしました。翌日から、大学に通い、良い自然環境、良い人間関係を感じながら、「実験室−研空室−宿舎」という研究生活が始まりました。恩師の指導で、研究テーマはスリランカの地下水と水循環に関する研究となりました。新しい研究手法を学びながら海外へ行ったり、学会に参加したり、失敗の悔しさもあり、成功の嬉しさもあり、無事に四年間の研究生活を過ごし、博士(理学)の学位を取得することができました。素晴らしい先生、良い先輩、優しい後輩で、大変良い思い出になりました。
帰国後の日本との関わり合いなど:
帰国後、中国国内での水に関する研究拠点−中国科学院地理科学・資源研究所に勤めています。水循環と水環境のキーワードで、母校の筑波大学や千葉大学、愛知大学、熊本大学、国立環境研究所、防災科学技術研究所、広島大学などと学術交流・共同研究を行いました。今も国際会議や研究交流などいろいろな形で、日本と深く関わっています。


◆◆帰国外国人留学生プロフィール◆◆
(国籍) インドネシア
(日本留学時の学歴)
2000年4月〜2003年3月 群馬大学大学院工学研究科 (博士)
(専攻分野) 高分子化学、放射線科学
(現在の所属/職位)
国立原子力研究開発センター/主任研究員
◆◆研究報告◆◆
(受入れ期間) 平成20年12月1日〜平成21年2月28日(90日間)
(受入れ大学) 群馬大学
(研究課題) 修飾澱粉でつくられた食用フィルムへの放射線照射効果
(研究概要と結果)
新技術である可食フィルムに対する関心は、ますます高まってきています。賞味期限を延長したり、香りや風味、舌触り、外観の変化を食い止めたり、取扱いを簡単にしたりする目的で、食品の被覆材として使用できます。たとえば、抗菌剤や酸化防止剤など食品の保存に使用する添加物の基材として使われることがあります。サゴヤシの茎の髄から抽出されたデンプンであるモルッカ・サゴ(Moluccas sago)は、安価で豊富にある魅力的な材料です。モルッカ・サゴから生成された可食フィルムに放射線を照射して、その劣化に及ぼす影響を観察しました。その結果、モルッカ・サゴは可食フィルムとしてふさわしい性質を備えていることが証明されました。
(本制度に対する感想)
帰国外国人留学生短期研究制度は、世界や日本における最新の研究事情がわかるだけでなく、日本の大学で教員による指導のもと、自らの研究テーマについて短期間研究ができる素晴らしい機会であり、有意義で貴重な制度だと思います。また、本制度のもと再度来日することによって、私たちは自らの知識を高め、新たな技能を修得し、参考資料などの情報にアクセスすることができるほか、知人や交流のあった人たちとの親交を温めることができます。
◆◆日本留学の思い出◆◆
私は、日本の文化や作法、自然に強い印象を受けました。日本人は、礼儀正しく勤勉で柔軟な人たちだと感じました。単に研究や科学技術の面のみならず、文化、作法、自然といった面においても、日本からたくさんのことを教わりました。日本は美しい自然に満ち溢れています。特に富士山は見事で、私は登頂も果たしました。帰国後は群馬大学の教授やJAEA(私が博士号のための実験を行った研究施設)の研究陣と引き続き連絡を取りあっています。主要な研究者の方々が日本から私たちの研究所にいらして教えてくださることもあります。日本での留学中に知り合った、日本のみならず世界のその他の国々の友人・同僚とは、今も連絡を取りあっており、ネットワークとコラボレーションを続けています。

◆◆帰国外国人留学生プロフィール◆◆
(国籍) ガーナ
(日本留学時の学歴)
1993年1月〜1994年3月 岩手大学大学院農学研究科 (研究生)
1994年4月〜1996年3月 岩手大学大学院農学研究科 (修士)
1996年4月〜1999年3月 岩手大学大学院連合農学研究科 (博士)
(専攻分野) 土壌肥料学
(現在の所属/職位)
ガーナ大学/講師
◆◆研究報告◆◆
(受入れ期間) 平成20年10月2日〜平成20年12月30日(90日間)
(受入れ大学) 岩手大学
(研究課題) 賛成カドミウム汚染土壌におけるカドミウムの存在形態と植物の吸収量との関わり
(研究概要と結果)
日本では、かつて行われた採掘活動が水や土壌体の重金属汚染につながりました。多岐にわたる機械的方法及び化学的方法を活用して、汚染土壌・汚染河川を修復し、程度の差こそあれ様々な効果をあげてきました。近年は、植物による汚染土壌修復の試み(ファイトレメディエーション)が用いられることが増えています。それには、比較的安価で環境に優しい方法であるなど多くの理由があります。私は、以前学ばせていただいた研究室で、宮城県北部にカドミウムにより汚染された土壌があること、またその汚染はアルム(サトイモ)を利用した植物による抽出(ファイトエクストラクション)ができるであろうとの事前研究を行っていました。本制度によって行った研究結果は、当時、事前研究のレポートとしてまとめていたことを確認する内容となりました。
(本制度に対する感想)
本制度のおかげで、重金属による土壌汚染とファイトレメディエーションについて研究する機会が得られました。これまで私には、自分が学んできた土壌学の知識を応用して、土壌の重金属汚染及びそのファイトエクストラクションを実際の汚染土壌に用いるという経験はありませんでしたが、今回の研究によりこれからの自分の研究の方向性が見えてきました。ガーナでは多くの採掘活動が行われており、中には環境汚染の兆候の見られるものもあります。また、自動車の整備が適切には行われていないことから、自動車による環境汚染も甚大です。ですから、ガーナにおける重金属汚染について研究するために必要なスキルを、今回の研究を通して身につけることができて良かったです。
◆◆日本留学の思い出◆◆
a. 日本で研究することに決めたのは
私はかつて、日本が果たした技術面での発展に感銘を受けました。そこで、この国の開発発展の基礎をなすのは何であるかを見極められればと考え、日本での研究を選択しました。
b. 日本での思い出・印象
日本での研究期間中、様々な国から留学中の多様な文化的背景を持った多くの学生との出会いに恵まれたことはかけがえのないことでした。日本人の友達もでき、私が日本文化を理解するために力を貸してくれました。そうした留学生や日本人の友人たちとの交流、また文化遺産など多くの場所を訪れることにより、人間性そして自然の織りなす多様性の素晴らしさをより豊かに感じられるようになりました。
c. ガーナ帰国後の日本との関わり合い
幸いなことに、1999年のガーナ帰国後間もなく科学技術国際交流センターのSTAフェローシップ(平成13年度よりJSPSフェローシップに統合)により東京のリモート・センシング技術センターで90日間の研究のチャンスをつかむことができました。しかし、残念ながら、岩手大学と共同研究を行う機会は今回の本制度に採用されるまで一度もありませんでした。

◆◆帰国外国人留学生プロフィール◆◆
(国籍) ケニア
(日本留学時の学歴)
1996年4月〜1998年3月 大阪府立大学大学院農学生命科学研究科 (修士)
1998年4月〜2001年3月 大阪府立大学大学院農学生命科学研究科 (博士)
(専攻分野) ランドスケープ生態学
(現在の所属/職位)
ジョモ・ケニアッタ農工大学/講師
◆◆研究報告◆◆
(受入れ期間):平成20年7月2日〜平成20年9月29日(90日間)
(受入れ大学)京都大学
(研究課題)地域生態系保全のための計画手法の研究
(研究概要と結果)
日本の伝統的な里山の景観の特徴における変化について研究を行うため、1947年から2003年の間に撮影された京都近郊の大見・芦生地域の航空写真の画像処理を行いました。ERDAS IMAGINEとArcGISソフトウェアを使用して、画像に前処理、ジオリファレンス、画像接合(モザイク)、および「教師付き分類」(supervised classification)処理を施しました。画素により常用樹林と落葉樹林は、落葉樹林、草地、水田よりもはっきりと識別されました。DEM解析では、200〜4300ヘクタールの大小さまざまな流水域を描写することができました。以前水田だったところで森林や草地に変わったところが多く、森林面積は増大していました。グラウンド・トゥルース(現地調査)を進め、より細分化された分類システムを採用すれば、結果はさらに向上すると思われます。
(本制度に対する感想)
帰国外国人留学生短期研究制度は、タイムリーで素晴らしいアイディアでした。私が最初に訪れた外国である日本、そして優しい日本の方々との結びつきを強める絶好の機会を提供してくれました。私の研究を指導してくださった方々に再会したことは、私の研究活動を振り返り、技術を向上させ、新たな協力分野を発展させる上で大いに役立ちました。この期間中に、私はさまざまな研究施設や文献にアクセスし利用することができましたが、これは母国に帰れば容易なことではありません。この制度は非常に有益でよく練られたものであったと、大いに感謝しております。
◆◆日本留学の思い出◆◆
私が以前地理の授業で日本について学んだ際、その都市化され技術が高度に発達した、活火山のある、山が多い島国に強く心を動かされ、いつかその事実をこの目で確かめたいと願うようになりました。そして、文部科学省の奨学金制度という好機を得てその願いを実現させると、景観から文化にいたるまで、すべてが独特に感じられました。高度に都市化された地域と非常に平穏な田舎の地域とが興味深く入り組んでいる日本の地理の特徴を知り、景観に対する私の関心は高まりました。日本での最初の研究期間を終えたのちも、私は指導教官や友人たちと連絡をとり続けており、遠く離れていながらも日本との関係を保ち続けています。私たちは、今後さらに協働して研究にあたるとともに、発展に向けて強力な関係を維持するために双方の大学間で交換留学プログラムを立ち上げる計画でいます。

◆◆帰国外国人留学生プロフィール◆◆
(国籍) パキスタン
(日本留学時の学歴)
1997年4月〜2001年3月 九州大学大学院農学研究科 (博士)
(専攻分野) 植物遺伝子資源学
(現在の所属/職位)
国立農業研究センター、植物遺伝子資源プログラム/主任研究員
◆◆研究報告◆◆
(受入れ期間)平成20年6月9日〜平成20年9月6日(90日間)
(受入れ大学)九州大学
(研究課題)植物遺伝子資源学
(研究概要と結果)
美味しい御飯を炊く上で、でんぷんの性質は重要な要素です。パキスタンはバスマティ種をはじめとするインディカ米の主要生産国です。でんぷんの性質の違いについて、パキスタンでイネの遺伝子資源として登録されたバスマティ種とバスマティ以外の種を、インディカ種であるIR36、そしてジャポニカ種である金南風(きんまぜ)および台中65号と比較しました。でんぷんの側鎖長分布についてPark Johnson法とレーザー励起蛍光検出法によるキャピラリー電気泳動分析装置と組み合わせて用い、解析を行いました。このデータからは、バスマティ種と鎖長分布との強い関連性が示されましたが、これはインディカ種のIR36やジャポニカ種の金南風とは異なります。このデータは、新たな品種の開発に向けて、育種や母本系統を選ぶ上で役立つでしょう。
(本制度に対する感想)
このプログラムに申し込んだとき、私は研究所に行って指導教官や同僚の皆さんにお会いできるのを非常に楽しみに思っていましたが、一方で、90日間という期間が研究をやり遂げるのに十分かどうか危惧していました。プログラムを終えた今、この素晴らしい機会を逃した方は、日本での思い出(文化と自然の美しさ)を新たに築き、指導教官や同僚の皆さんとの関係をより強化する機会を逸しただけでなく、技術的な前進を立証しそこから何かを得る機会をも逸したと私は思います。帰国してみると、私の研究を向上させるための新たな技術を学んだことを以前よりも確信できています。教授陣とのディスカッションや進行中の研究活動の見学も、今後研究を進める上での新たな方向性について視点を広げるのに役立ちました。今回の訪問は思い出深く、また有益なものでした。
◆◆日本留学の思い出◆◆
1.パキスタン、イスラマバードの私の研究所(Plant Genetic Resources Program:植物遺伝子資源プログラム)は、研究のかたわら私たちに技術を教授してくださる日本人科学者・研究者を大勢迎えました。専門技術以外にも、彼らの礼儀正しさと熱心な取り組みには非常に感銘を受けました。お茶の時間には毎日のように日本とパキスタンについて話し合ったものでした。その後1994年に、筑波での短期研修に参加する機会を得ました。これは私にとって日本で暮らして学ぶ、非常に良い体験でした。この最初の機会を与えてくれたのはJICAで、その後私は文部科学省の助成により九州大学(1997年〜2001年)で大学院博士課程に入学しました。
2.美しい桜の花を見ることはできませんでしたが、花火を見たことは本当にうれしい体験でした。私は花や自然がとても好きなのですが、日本の人たちが自然環境や花を愛し、手入れしていることは非常に素晴らしいことです。このようなことについて母国の人たちも気にかけるようになるとよいと思います。
日本を訪れたとき、私は富士山の美しさに胸を打たれました。それは堂々として、私がこれまでに見た数多くの山々のなかでも独特であり、どこから眺めても惹きつけられる容姿でした。自然が日本の土地に授けた贈り物です。
それぞれの社会は多様な側面があります。これは日本や日本社会の場合もそうで、ある特質のみを取り上げるのは難しいのですが、日本の人たちについては、非常に礼儀正しく(シャイであるともいえますが)、多忙にもかかわらず親切にしようとすると私は感じました。
日本は平和で、人間性や目上の人、自然を尊重する社会だと思います。また、社会の進歩は技術の進歩よりも大切だと私は考えますが、この国では両者を目にすることができました。誰もが根気よく任務に関わっています。また、日本社会では正義が浸透しているように思います。これは、発展途上国では望めないことです。
3.今回の研修を通じ、長期的な関係がさらに強化されました。お世話になった先生方が研究の進行状況を見るためにイスラマバードの私の研究室にいらっしゃる日を私は楽しみにしています。私は共同研究プログラムに取り組みたいと願っております。私は 文科省奨学金パキスタン帰国留学生同窓会(MAAP)のメンバーで、活動に積極的に参加しています。この会を通じ、私たちは日本とパキスタンとの間の結びつきを発展させ強化するための活動を担っております。また、日本での生活や学習について情報を提供し指導することによって、日本への留学を奨励してもいます。日本と我が国との関係は時が経つにつれいっそう強まると私は確信しております。