2012年3月卒業、東海大学航空工学科へ進学(カタール政府派遣奨学生)

卒業生のSAMANI EISSA ISMAEL H Iさん(カタール)の写真

私はカタールから来た留学生のサマーニ イーサ イスマイル エイチ アイ(SAMANI EISSA ISMAEIL H I)と申します。2010年4月にカタール政府派遣奨学生として日本に参りました。

日本人にとっては、「カタール」という国称より首都の「ドーハ」の方が有名かもしれません。1993年ワールドカップ予選の「ドーハの悲劇」や、近年では「ドーハ2006・アジア大会」が記憶に新しいと思います。ドーハの町にカタールの人口のほとんどが住んでいます。町全体が建設ラッシュで、豪華で高いビルが建ち並び、カタールが成長期にある国であることを感じさせます。人口は約170万人(カタール統計庁2010年)です。5年ほど前は80万人ほどだった人口が、驚くべきスピードで増加しています。カタール人は全体の約20%と言われています。人口の多くは周辺国から来た労働者が占めています。在留邦人の数も5年前は100人ほどだったのが、今では1,000人を越えています。このあたりからもカタールの急成長の様子が分かると思います。面積は11,427平方キロメートルで日本の秋田県くらいの大きさで、とても小さな国です。

私は国にいる頃より日本の侍や武士が好きでとても興味がありました。ですから是非日本へ行ってみたいと思うようになりました。初めは仙台ランゲージスクールで日本語を勉強しました。仙台を選んだのは仙台は人も優しいし、景色も美しいと思ったからです。

仙台にいる時にあの東日本大震災が起こりました。学校で勉強している時でした。地震の後、3日間は電気も水もない生活で、近くの小学校で避難所生活をしました。3日後に大使館の人が迎えに来てくれてすぐに国に帰ることになりました。

日本に戻るかどうか考えましたが、大使館も原発事故から離れたところなら戻って勉強を続けてもよいということでしたので、自分でこの大阪日本語教育センターをiphoneで探して、転校することにしました。

大阪日本語教育センターでの生活にはすぐに慣れ、新しい友達もたくさんできました。先生方は皆、大変親切で熱心に教えてくださいました。週に5日、9時~4時まで日本語と英語、理科、数学を勉強し、自分でもずいぶん学力が上がったと実感できました。そして東海大学の航空工学科を受験し無事合格しました。所期の目標である飛行機を作る仕事に就きたいという夢に向かっての第1歩を踏み出すことができました。あの時に日本に戻ることを諦めていたら現在の私はないと思います。日本で私を応援をし、支えてくださっている皆様すべてに感謝して、これからもがんばっていこうと思っています。