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日本留学経験者の声(パク・ジスさん/韓国)※

パク・ジスさん

パク・ジスさん※渡日前入学許可による留学
○早稲田大学政治経済学部1年生
○城南外国語高校2012年度卒業
○早稲田エデュ学院受講
(2013年3月時点)

こんにちは。早稲田大学政治経済学部1年生のパク・ジスです。入学してからいつの間にか一年が過ぎ、4月からは先輩になると思うと、感慨深いものがあります。私が日本の大学への進学を決心したのは高校2年生の夏でした。高校に入学して初めてひらがなやカタカナという日本の文字・文章を学び始めたわけですが、半年間はなかなか日本語に親しみを持てませんでした。しかし、担任の先生の勧めで日本語スピーチ大会に参加したことを通して日本語に自信がつき、その後も日本語能力試験(JLPT)の準備する過程で日本語という言語の楽しさを知りました。このようにして日本語と日本に興味を持つようになり、自然と日本の大学への進学に気持ちが傾いていったのではないかと思います。

私は2年生の夏からEJUの準備を始めました。EJU自体が大学入学試験に似ているため、社会科・理科・数学・作文(記述)などを独学で準備するのは無理があると判断し、EJU専門の塾に通い始めました。まず日本語科目の読解は、勝手に推測するクセをやめて、答えを選択した根拠を探すことで、自信をもって問題を解く習慣をつける練習をしました。聴解の場合、いつも1、2問ほど間違える弱点を克服するために、間違えた問題のスクリプトを直接分析してタイプ別に整理したのがたいへん役立ちました。作文(記述)の場合、日本語で表現した際に自然でない言い回しと、文字の構成を覚えるのに時間を使いました。文法を最初から点検し、実際に文章を書く時に活用できるようにオリジナルの例文を作って覚え、毎日塾でもらう社説を読むことで、日本の論説文で使われる語彙と表現を覚えました。そのようにすることで、文章の構成と論理性をどのように考慮すべきかが見えてきて、作文(記述)の力が向上したのは勿論のこと、自然に読解と聴解の準備にも大きく役立ちました。

社会科系科目の場合、量がとても多いため、試験前までに試験範囲の内容を全部熟知できるか心配でした。この時、私が使った方法は、私だけの教材を作るということでした。直接手書きで内容を書き写すことで、もう一度考えてみることができ、自然に頭の中で整理され、科目の大きな流れを把握することができました。数学の場合は、日本語の表現を覚えてから既出の問題を解いて、タイプ別に間違いノートを作成したのが大きく役立ちました。この方法は、自分の頭でもう一度考えることで、気が付かないうちに見落としている箇所を思い出させてくれました。このようにEJUを準備し、2011年6月に試験を受け、満足できる結果を得ることができ、JASSOからの奨学金ももらうことができました。

私が早稲田大学に進学したのには2つの理由があります。一番目は、私の夢に一番合った大学だったためです。私の夢は経済政策研究員だったため、経済と政治の2分野を、同時にしっかり学べる大学に進学したかったのです。その点で早稲田大学は、どの学科の学生でも必ず2分野の科目を履修するカリキュラムが組まれており、私の進路に一番役立つと思い、この大学を目標にしました。二番目の理由は、早稲田大学の在学生の数の多さです。早稲田大学には現在約5万人を超す学生が在学しており、それは日本大学に続き日本で2番目の学生数です。留学生も日本の私立大学の中で一番多い4千人以上が在学しています。多様な人が集まっているほど多様な人に出会うことができ、もっと多くのことを学んで感じることができると思い、そのような刺激が私をもっと成長させてくれると確信しました。そのため、5万人から学ぶことができる早稲田大学を選びました。ここで私は、自分の進路を確実に決めることができ、夢を見つけることができ、貴重な機会を与えてくれ、5万人の先生の中で成長できるよう力を貸してくれる、この早稲田大学への進学が決して間違った選択ではなかったという自信を持つことができました。

留学生活を始めた頃、他国での自炊生活と文化の差を受け入れる過渡期に体と心が疲れ、果たして日本留学が正しい選択だったのか大きく悩みました。外国人という理由で疎外されていることが辛かったのです。しかし答えは私の中にありました。私自信が「外国人だから私を理解できないんだろう」という偏見を持っていたのでした。これを悟ってから心の壁が崩れ、日本人の友達に自分から先に声をかけることができるようになりました。日本の伝統的な踊りであるよさこいを学ぶサークルで活動しながら、ひとつの作品を完成させるために互いに応援したり、アドバイスしたりしながら自分をぶつける情熱を学び、日本の祭りを見に来るお客さんではなく、参加者の立場で楽しむことができました。また年末には友達と家でクリスマスパーティーと鍋パーティーを楽しみ、一緒に話をして一年を振り返り、これからはこの友達とここでの生活が、私の大切な一部になったことを感じました。

私は現在、学校のキャンパスツアーガイドのバイトをしています。日本語を完璧に話せない私が、日本人のお客さんに日本語でキャンパスを案内すること自体が私にとって大きな負担で、研修中もかなり指摘を受けて大変でした。敬語の使用や単語の選択も日本語のニュアンスを考慮しなければならないのがとても難しく、お客様の突然の質問やトラブルにも柔軟に対処できる能力が必要とされるため、あまりにも難しい事に挑戦してしまったのではないだろうかと後悔もしました。しかし研修を重ねるにつれ、先輩たちと仲間のガイドたちからのアドバイスと応援を受け、だんだん良くなっていく姿を見せることができ、昨年末に二ヶ月あまりに渡って実施された研修を全て終了し、正式なガイドとしてデビューすることができました。日本でのバイトはお金を得るためというより、自分自身を成長させる大きな挑戦だったと思います。

日本留学を準備しながら、そして日本で留学生として過ごしながら、自分がどうしてこの道を選んだのか、なぜ他の人が行かない道を選び、こんなに苦労しているのか、と後悔したことがありました。しかしだからこそもっと、私にとって日本での留学生活は、一日一日が大きな挑戦であり試練でした。挑戦と試練に打ち勝った時の達成感と満足感は、韓国では感じることができなかった貴重な経験で、私の視野を広げてくれた有難い経験です。どこにいても全ては自分にかかっているということですが、強いて言うならば、日本での留学生活は決して無駄ではないだろうということです。日本で留学生として過ごしながら、韓国にいる時にはそこまで感じられなかったことや、関心を持とうとも思っていなかった事に関心を持つようになりました。留学生活ではもっと学びたい、このように生きて行きたいという自分の未来についても真剣に考えさせられました。井の中の蛙のような存在でさえなかった私を振り返り、今後進むべき人生の大きなターニングポイントを与えてくれました。このように貴重な経験をさせてくれた全てに感謝し、毎日訪れる新しい出来事が私をまた成長させてくれることを信じて、もっと大きな人間になっていきたいです。