九州大学名誉教授 森山日出夫
留学生にアンケートをとると、「日本人と気軽に話し合える場所と機会が欲しい」という答えが数多く返ってくる。日常の学校生活の中で容易に得られるのではないかという感じがするが、アルバイトに追われたり、気難しい話を敬遠する日本人学生が多いことがそれを困難にしている現実がある。全国レベルでは活発なディスカッションが実施されていても地方ではその機会が少ないことを嘆いていた内外の学生が、実行委員会を作り現状を打破すべく「福岡県国際学生会議」という名で「地球市民のアイデンティティーを探る」ディスカッションを計画した。折よく留学生支援事業を模索していた日本学生支援機構福岡支部に相談を持ちかけたことから、この企画が実現した。
このセミナーの準備段階で次の3本の柱が立てられた。I地域文化の継承、IIフェアトレードを通して世界を見る、III教科書から見る歴史の認識である。いずれも、時宜を得たテーマではあったが、議論の中味はやや物足りなかったというのが3分科会を細切れのつまみ食いで傍聴した私の率直な感想である。
- 「地域文化」という表現そのものの持つイメージが参加者によって大きく異なっていた。いくつかの言葉で表されるものを素材にして各国・地域による違いを特徴付け、その違いをもたらす背景の歴史・風俗・習慣など文化の基底についての相互理解を深めた。広義の文化について語り合うだけでなく、近代化の過程で失われつつあるものへの思いを込めた「地域文化」を守り育てる方策を見出す糸口への切り込みを期待していたが、時間の不足もあってかその議論には至らなかったようである。
しかし、いろいろな国・地域の人々のいろいろな考え方の違いを認識し、その違いを受け入れることにより新たな発展・変化があることなど、相互理解が深められたことは確かである。
- フェアトレードを修士論文の研究テーマに取り上げる学生から初めてこの言葉を聞く人まで参加者の知識の幅は広かった。実際に現地での生産に関わり、又そこで生産されたものを商品販売している2人の助言を得ることで共通理解を深めることが出来た。VTRが素材として用意されたことも有益であった。
どのようにすれば一般の人にフェアトレードについて関心をもってもらえるかという観点から寸劇が作成された。場面設定をし、役割分担と台詞を詰めていく作業は見ていて面白かったし、発表もよかった。写真や現物の使い方をもう一工夫すればさらに面白くなり、実際に使えるのではないかという感想を持っている。おそらく、他の分科会に参加した人も一般聴衆も、本番を見て関心を持ったのではないかと思われる。
しかしながら、厳しい競争社会からより自由な社会への脱皮を図る理念として経世済民が説かれ、スローライフやスロー教育などに敷衍されたが、消化不良であり、世界貿易の構造問題や、国内の地産地消、農協や生協運動とのかかわりなどについて議論が深まっていくことが望まれる。
- 教科書問題そのものは、82年の教科書検定で、戦前の植民地支配をめぐり「侵略」から「進出」への表記訂正があったかどうかという点がその契機となった。今も問題となるのは、公式に何度も表明される反省と政府高官の発言の齟齬がお互いの不信感を煽っている点にある。
若者たちが今各国・地域で使われている、もしくは自分たちが使った教科書を互いに紹介する形で問題の所在を明らかにするという作業が最初になされるべきではなかっただろうか。もっとも教科書で学んだことに加えて、日々の報道でその知識は変化、拡充されている。その結果をそれぞれが自分の言葉で語り合うという方法がとられたのも、一つの方法として感心させられた。
発表会で、このディスカッションに参加する前と、その後、更にはこれからの期待というか課題にまでまとめることが出来たのは評価できる。
- ディスカッションの成果について、新設された九州国立博物館のホールに場所を移して公開発表する形はある意味で新鮮であったが、その分制約が厳しくなり時間が不足したこと、一般聴衆の少なさなど、運営については一工夫要するのではないかという感想を持った。できることなら、後一日時間が取れれば、もう少し議論を煮詰めることが出来たであろうことと、途中でゲームや体操などをはさんで、ディスカッション参加者全体が一体感を持てるものになったのではないか。
私は昨年開催された「大分しんけん会議」にも参加した。その事後活動について話し合える場を呼びかけたがなかなか折り合いがつかずにその機会を失しているが、形は違ってもこの会に参加できたことを喜んでいる。そして今回も同じようにそれぞれの参加者がこの縁を生かして更にその輪を広げたいとしている意欲をひしひしと感じている。
予想を越え、特定の大学に偏らず、鳥取や山口といった福岡県外からも参加者があった。学生自身が持っているそれぞれのネットワークと行動力に期待し、こうした企画を各地域に広げるためにも、その名が示す如く日本学生支援機構が引続きそのきっかけづくりの場を増やすとともに継続支援を惜しまないことを期待したい。