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軽度発達障害とは
石田:最初に、軽度発達障害とはどういうものなのかということ、具体例は後でお話して頂きますけれど、定義のようなものがあればそこから教えて頂きたいのですが。
佐藤:よく軽度発達障害で挙げられるのは、学習障害(LD)と注意欠陥多動性障害(ADHD)、高機能自閉症ですとかアスペルガー障害という三種類の障害です。医学的な定義と文部科学省が出している定義と二種類あって、同じような形では出ているのですが、特にLDに関しては、文科省の方がすこし広い感じにはなっているかなと思います。文部科学省の定義として、LDについては、聞く・話す・読む・書く・計算する・推論するのいずれか、もしくは複数の、特定のものの習得と使用に落ち込みが見られるとされており、それが環境の要因や他の障害の要因ではないということ、知的な水準には遅れがないということが定義の中に含まれています。
ADHDの場合は、よく三つの特徴として言われるのですが、不注意・衝動性・多動性が問題になってきます。それが生育歴との関係では、7歳以前に現れるということです。
高機能自閉症の場合は、基本的には知的な遅れがない自閉症ということができます。自閉症の場合は、コミュニケーションに独特な特徴があるということと、社会性に問題があるということと、もう一つはこだわりといいますか、固執性あるいは同一性の保持といわれる特徴があるということで、三歳位までに現れるとされています。
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参考:LD、ADHD、高機能自閉症の定義(文部科学省の定義)
●LD:「学習障害とは、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を示すものである。学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的な要因が直接的な原因となるものではない。」
●ADHD:「ADHDとは、年齢あるいは発達に不釣り合いな注意力、及び/又は衝動性、多動性を特徴とする行動の障害で、社会的な活動や学業の機能に支障をきたすものである。また、7歳以前に現れ、その状態が継続し、中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定される。」
●高機能自閉症:「高機能自閉症とは、3歳位までに現れ、他人との社会的関係の形成の困難さ、言葉の発達の遅れ、興味や関心が狭く特定のものにこだわることを特徴とする行動の障害である自閉症のうち、知的発達の遅れを伴わないものをいう。また、中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定される。」
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ADHDと高機能自閉症の定義は、医学の定義を基にして文部科学省が作ったという部分が強いので、DSM−IV(診断・統計マニュアル第四版、米国精神医学会)のADHDや自閉性障害の定義を基に作っているようなところがあります。
しかし、DSM−IVでは学習障害を読字障害、算数障害、書字表出障害と取り上げていて、もう少し幅が狭くなるという感じがします。
また、この学習障害に入ってはいないのですが、発達性協調運動性障害ですとか、言語面の表出や受容に関する障害(表出性言語障害、受容−表出混合性言語障害)が、学習能力の障害とは別に上がっています。文部科学省の学習障害(LD)の定義だと、「聞く」、「話す」という領域の中に言語面の障害のことも含まれてくる可能性が高いと思います。
発達障害者支援法の中でいっている発達障害というのは、LD、ADHD、高機能自閉症よりももう少し広くなります。脳機能障害も入っています。先程のDSM−IVでいうような発達性協調運動性障害も入ってきますし、もう一つはそ反抗挑戦性障害ですとか行為障害といった障害も視野に入れていると聞いています。
そういう意味で軽度発達障害というのは、ちゃんとした学術用語として使われているわけではありません。発達障害という用語自体も定義では、様々です。少し幅があるかなと思いますが、一般に、軽度発達障害という時は、LD、ADHD、高機能自閉症を指すことが比較的多いというように思います。
研究の背景
石田:それでは、高等教育段階での研究を始めたきっかけ、また、その軽度発達障害が高等教育で問題となりつつある背景についておうかがいしたいのですけれど、それはどんな理由からなんでしょうか。
佐藤:研究所の組織改革前は、知的障害教育研究部の軽度知的障害教育研究室にいたのですが、そちらで大学での支援を取り上げようという話になった背景というのは、一つには、10年くらい前でしょうか、境界レベルを含めた学習障害や比較的軽度の知的障害児について、10年くらいのライフスパンで、幼少期から成人までの支援の在り方を、3年毎くらいの間隔で、研究していきましょうという計画がありました。特に、LDとかADHDということに限って続けていたわけではないのですが。
それで、幼児期、初等教育、前期中等教育、後期中等教育と、三年ずつ順に研究が進んでいました。後期中等教育にしても、取り組みがそんなにしっかりとできている訳ではないのですが、いくつか取り組みのある学校の事例集めをしながら研究を進めてきました。その後で、更に上をどうしようかということを検討し、大学を取り上げて研究を始めたのが最初の経緯になります。
海外の大学ではLDの学生の割合が多いということも聞いていましたが、日本としてはどんな感じなのかというところから研究としてはスタートしました。
最初は大学でどこが対応しているのかよく分からないようなところもあったのですが、ある大学の障害学生の取り組みを聞きに行った時に、「実は、軽度発達障害についてがメインなんですが」という話を致しましたら、相談室の方でそういう対応をしているということで色々な話を聞かせて頂きました。その後、文献等を見ていくと学生相談学会などで何回かそういうことが話題に取り上げられているということがありました。学生相談の中で、少し発達障害、特に広範性発達障害ということで、自閉症系の学生さんだったのですが、話題になってきているということが掴めたわけです。そこで、学生相談室の方とお話をしていくと、そういう学生が年間何人か相談にくるという話を聞くようになり、これが、研究の流れとしてあります。
もう一つ、研究を始める前に話題としていたことは、高等学校の方でも、最近、そういう話題がよく出るようになってきたと思うのです。まだ、形ができてきた段階といってもいいのかもしれませが、小中の取り組みがここ何年かで進んできています。更に、今年度から高等学校と幼稚園がモデル事業に加わりました。ある地域の教育センターの先生方に話を聞くと、高校からの相談が結構あるということです。
そういう高等学校の中での取り組みも含めて進んでくると、それまでに学習障害などの診断をされていた生徒や、個別の指導計画を作って対応されてきた生徒など、いわゆる軽度発達障害と考えられる方が大学に入学してくる可能性が、三年とか四年とかの近い将来に生じるんじゃないかと思います。
そうすると、大学に入る前の段階もあるかも知れないし、入ってからかも知れないし、そこは分らないのですが、「実はこういう診断を受けていて」ということを含めて、相談に来る学生が今より増えるかなということも、研究を始める前に話題としてはありました。
発達障害者支援法
佐藤:軽度発達障害が高等教育で問題となりつつある背景ですが、発達障害者支援法が施行されたということが一つの大きな要因になるのではないかと思います。第八条の二の中では、大学・高等専門学校というものも、その中に明記されていますので、拘束力のない理念的な法律ではありますが、法律の中に明記されたというのは大きな意味を持っていると思います。
石田:そうですね。こういう形で明記されたものはないですよね。
佐藤:ないですね。もう一つ、これは大学ということではなくて、話を聞くことなのですが、軽度の発達障害の関係の書籍が、ここ何年間か多く出版されていると思います。その種の書籍を読んだ方が、今までのうまくいかなかったこととか、凄く辛い思いをしてきたことなどの背景に発達障害があるのかと考え、お医者さんに行って診断してもらおうと思うことも、少なからずあるようです。
いくつか病院を回って診断を貰いに行くという方も中にはいらっしゃるみたいなんですけれど、そういうような自分を振り返ってみて、成人期もしくは青年期くらいに自分の問題というのは何だろうというので、答を求めていくような方が増えてきたということも一つあるんじゃないかと考えています。そうすると、そういう方が大学生だとすると、保健管理センターや相談室なども、病院だけじゃなくて、行く可能性はあると思っています。
石田:ある程度、そういうことが言えるような社会になった、言った方、自分がそういう者であって、そういうことを人に話して支援をして貰った方が有益であるという風に考えられる社会になりつつあるということなんでしょうかね。
佐藤:そうですね。そうなってくると良いのかなとは思うんですけれども、今回のガイドブックの方で書いて頂いたご本人に話を聞くと、そういうことを周りの友達に伝えてもなかなか分って貰うのは難しいということをおっしゃっていました。「いや、そういうことは誰にでもあるよ」っていうような反応の方が多くて、広く人に知って貰うというよりは、かなり分ってくれそうな人でないと言わないということも、おっしゃっていました。
もう一つ、これは別の人ですが、何らかの支援をお願いするとしても、あからさまに何かをというのではなく、さりげなくやって貰いたいというようなこともおっしゃっていました。まだ理解が進んでいるかどうかというところでいうと、難しい部分があるのかなという気はしています。
小中の場合も、同じようなところがあるのかなという気がします。情報としては以前に比べればかなりあり、先生方も保護者の方も分っている方、そういうことに敏感な方というのは昔よりは多くなったなあという気はするのですけれども、それでも…。
石田:私も今まで教えていた学生を思いだすと、彼は、彼女はそういうことだったのかなと思うこともありますが、逆に、本当にちょっと違うだけで、全く問題ない人に対しても、何と言うのかな、不当な疑いを掛けちゃうというのも、あるなっていうことを時々反省します。こういう人だよとか、この数値だったらばというのが出れば、はっきりするのでしょうが、なかなかまだそこまではいっていないですからね。定義や、また、境目が本当に難しいですよね。
佐藤:お医者さんのお話ですと、特に成人になってからの診断というのは、かなり難しいということです。
実態調査
石田:それでは、今年の五月に大学における軽度発達障害学生の実態調査をされましたが、その結果の概要をお話頂きたいのですが。
佐藤:今、ちょうど集計を行なっているというのが、実際なのですが、大体大枠でチェックした感じですと、送付したのが1275の大学なんですが、6割から7割くらいの間の回答率です。
発達障害のある学生の相談が過去5年間であったかどうかを見ていくと、大体210校です。そうすると回答があった大学の27%程度、25〜30%くらいの大学で過去5年間の中で、発達障害が疑われる学生を含めた相談を行ったという回答が得られたことになります。
パラパラと見てチェックしていった中の印象としては、高機能自閉症というか、広汎性発達障害の学生の相談というのが多いかなという気がしました。そのことは、前回平成十五年に調査した時も同じような感じではあったのですけれども、そのような学生の相談は比較的多いのかなと思います。
普通の相談で相談室に行った時に、発達障害ということで考えていいのかと、カウンセラーさんが感じる場合は結構あるんじゃないかなと思います。前の時の調査もそうなんですけれども、学生相談室・保健管理センター・保健室などにお聞きしていますが、そういう相談の有無を聞いていますので、在籍しているか、していないかということとは、またちょっと違う形の結果になっていると思います。
石田:身体障害学生の場合、自分の障害についての相談というよりもむしろ、支援をどうして欲しいとかという相談といいますか、依頼が多いと思うのですが、軽度発達障害の学生の場合はむしろ支援というよりも、本当に自分はそういうことなんですかというような、自己理解という意味での相談が多いんですか。
佐藤:まちまちのような気がします。もう大学に来た段階で実は自分にはそういう障害があってというのを親からも聞いているし、診断を持っているし、自分も納得しており分っているという学生の場合は、入学した後に学生課に、こういう診断があってと診断書を持って行って、対応を、少し助けて貰いたいということを言いに行ったということも聞いたことがあります。また、親御さんがそういうふうに大学の方に相談をしたということもあるようです。
それ以外では、学生相談室に友達関係での悩みであったり、友達ができないというような心理面での悩みから相談に行ったところ、学生相談室の相談担当者がどうもそれだけじゃなさそうだ、もしかすると発達障害があるのではと感じる学生もいるという話を聞きます。
その他では、そうですね、これはどれ位の割合なのかというのは、今回の調査の分析を進めてからでないとはっきりと分らないのですが、本人じゃなくて担当している先生であったり、周りの友達が、学生や友人のことで困っているんだけどもということから相談が始まることもあるみたいですね。
具体例
石田:それでは具体的な、どういうようなことで大学が相談を受けたかというお話をうかがいたいのですが。どんな事例がありましたか。
佐藤:もう少しこの辺の事例としては集めていかないと、全体像というか、同じような形で上がってくるのか、もっと違った形の対応も含めて上がってくるのか、なんともいえないという気はしてはいます。今回の調査をやって、実地調査という形でいくつか調査の結果を見ながらその中で大学の方に連絡をさせて頂いて、お話を聞きに行ければ良いなというように考えています。前に行なった平成十五年度の方の調査や今回の調査結果から、ある程度言えるかなと思っているのは、大学の中の相談先としては学生相談室が多いと感じています。ただ、さっきも言いましたけれど、中には入学後に学生課に相談に行って対応のお願いをするような事例もお話は聞いたことがあります。
その学生の場合は、学生課に診断書を持って相談に行って、そこで学生課の方から学科の先生に連絡をして貰って、授業の時とかちょっとした配慮をしていこうというようなことになりました。でも、大学の方としてもどんなふうに支援していけば良いのか、どんなことをやれば良いのかはよく分らないところがあるみたいで、本人にどうして欲しいか尋ねたそうです。その学生と保護者は、「あからさまに支援をされるよりはさり気なく、ちょっと、分らなそうにしていたら声を掛けて貰えると助かります」というようなことをお願いしたようです。
ただ、そこの大学に入った理由の一つでもあったようですが、その学生さんを小さい時から見ていた先生がいらっしゃって、そういう心強さというか、何かあったらその先生に相談に行ってというようなことで、入学を決めたところがあったようです。
それで、その先生の研究室にいる学生が、チューターじゃないんですけど、大学の中で何かあった時の相談役として、一人学生がついて対応しながらという話も聞いています。別にそこの研究室に頻繁に通っているということではないようですが、何かあった時には、例えばレポート、レポートをどうやって書いたらいいかわからない時が最初の段階であったみたいです。それで、そのレポートの書き方を先生に聞いて、大体どういう内容、学科は違うので詳しい内容的なことは教えられないですけれども、どういうような流れで書いていけば良いのか、また、調べる文献自体ではないんですけども、ある文献を調べてきてこういうふうにして、章を作って書いていけばいいんだよっていう書き方をアドバイスしたという話を聞きました。
石田:高機能自閉症の場合、さっきもおっしゃったように、コミュニケーションの障害とか、独自性とか、こだわりとかっていうように、いくつかパターンが違いますよね。そうなってくると対応の仕方も、やっぱり全然変わりますね。
佐藤:そうですね。いわゆる自閉的な、自閉症って言われる方の特徴みたいな部分は、さっきの診断の定義の部分なんですけれども、もう少し知っておいた方がよいところはあるんですね。
たとえば、過敏性っていわれるようなところですとか、情報を捉える時になかなか全体の流れを含めて捉えられない、ピンポイントの木を見て森を見ずという話でよく出ることがあるんですけど、そういうような捉え方の難しさみたいなところですとか、先の見通しを持ちにくいことがあるというようなことも含めて知っておいた方が良いことだと思います。
それで、多分先程の学生さんがレポートって言われた時に、なかなか自分もそういうのを高校の段階まであんまり書いたことがないっていうことを含めて、イメージが全然持てないっていうところはあったんじゃないかな。あらすじといいますか、どんな形のことがまとめられればいいんだよっていう大枠を、少しアドバイスしてあげるだけでも、何を埋めていけばいいのかっていうことはちょっとイメージングしやすいところはあるんじゃないかなという気はするんですけれど。
先程の学生さんの場合、お話を聞いていて大変だと思ったことは、周りの他の学生さんに相談ができないということです。周りの学生さんも、例えば科目を履修したり、どんな科目を取っていくと良いかっていうのは、シラバスを見て、シラバスの情報だけで決めるっていうのがすごく強いですね。ですから、周りの人も答えようがないわけで、自閉症の学生もそういうことはちょっと聞けないということになってしまいます。
また、公式な情報じゃなくて、例えばサークルに入っている学生であれば、先輩に聞いて、何がとりやすいとか、どんなことやるのかっていうような形で情報を集めて、何をとっていけば良いかというような決め方もできると思います。でも、彼は、サークルには入っているようですが、同じ学科の人がいないということもあるようで、なかなか、皆と同じようにできないっていうことをおっしゃっていました。
更に、教科書はこういうのがいりますとか、参考図書とかあがっているんですけど、あがっていると全部買うようなところもあるみたいです。取捨選択することが難しいんですね。
石田:そこで、教職員や他の学生の理解啓発と連携ということが重要になると思いますが、理解啓発のためにはどんなことをやっているんですか。
佐藤:そうですね。実際に大学でやっているという話では、なかなかまだ情報として集められていないのですが、学生向けというより教職員に関してでは、そういう学生さんから相談があった時に、こういう特徴がある学生さんという話を相談室の方が担当の教員とお話をしたり、「じゃあこういうことをちょっと気をつけてあげて貰えませんか」という形で情報を伝えたり、また、文献を教えたりというお話を聞いたことはあります。
大学として全体で理解啓発をやっているという話は、まだ聞いたことがないですね。その辺は難しいですよね。先程の不特定多数の人っていうんですか、多くの人に自分は実はこういう難しさがあってということを伝えても、「それはね、みんなあるから」っていう形で返ってきてしまうんで、かなり分かってくれる人じゃないと、なかなか言えないって言っていた学生さんがいるんで、そういう意味ではもう少し知って貰うというのは、必要なのかなと思います。
しかし、それが大学でやることなのか。もっと小中の段階を含めての大きな流れの中という気がするんですけどね。大学でも、今の段階で、テレビなどから情報としてはそういう話聞いたことがあるっていう先生が何人かいて、多くはなっているとは思うんですけれども、相談員、カウンセラーの方がそういう先生とお話をした時に、「大学でなんでそういうことが必要になってくるんだ、うちの大学には今そういう学生はいないと思う」という話を伺って、なかなか進まないという話を聞きます。
一方、例えばゼミとか、少人数の授業になった時に、自分が担当した学生の中に、そういう学生さんがいて、先生の方がどうやって対応したら良いのか困ることも逆にあると思うんですけど、そういう場合に、相談にのってもらえる場所がはっきりしていると、先生としても逆に助かるところもあるような気がします。
石田:精神科医等の連携なんですけれど、これはたとえば相談室に行った学生に、ちょっとじゃあ専門的にもっと外の人などに見て貰えるっていうような、そういうようなことですか。
佐藤:そうですね。カウンセラーの方と、あと回答をしてくれた方の中に、保健センターのお医者さんも含まれてはいたんですけれども、どこかで診断を貰ってというようなことを含めて、医療機関で例えば、多分発達障害に限らない部分もあると思うんですけれども、薬を使って対応することも中には出てきたりすることもあるのですが、それらも含めて、そういう医療機関を紹介したりします。
また、カウンセラーでやっている方も、専門の方ばかりではありません。勉強したり、どんなふうにやっていけばいいのかっていうことを、聞きながら対応することも中にはあるんだと思います。そういう、相談室の方たちと話をした時にも話題になったのは、診断というのを、診断の仕方も含めて、どんなふうにして考えれば良いのかっていうかっていうことですね。そこのところが難しいという話題がでたことがあります。
石田:「どういう方が依頼にいらっしゃるんですか」とよく聞かれるのですが、具体的に対応されていることの中で、大学生活、授業、試験、それぞれでの配慮という中で、どういう人がいて、どういうふうな対応をしているというところを一番知りたいと思うんですけれども。特に授業関係ですと、提出期限を遅らせるとか、理解可能な形態で指示を出すとか、レポート提出、この辺のところが主になっているんでしょうか。
佐藤:そうですね。前回の調査の中では授業関係のことで、回答にあったものが本当に少なかったんですね。やっぱり行動面のこと、もしくはその前の、大学の教員とどうやって情報を共有するかというか、誰と連携するのかというようなことが、また、どんな形で伝えているかというようなことが、比較的上がってきやすかったという印象があります。
大学の中でも授業とか試験でどんな配慮があるかという部分でいくと、具体的に記述があったものというのはかなり少なかったですね。「試験はレポートに代えて提出というように考えているんだけど」との回答があったのはあったんですが、ただそれはまだ検討段階で決まったわけではないということでした。課題の提出期限を遅らせるというのもありました。海外でもこういうところは比較的使われているのではないかと思います。
本人が理解可能な教え方としては、ある相談の方がおっしゃったのは、かなり具体的な形で、例えば実験をやる時に、試薬をふったりとか、調合したりとかがありますが、試薬をふるっていうのは、何回ふるっていう回数も含めて伝えたるとか、かなり具体的な行動の指示の仕方を教員にお願いしたという話を聞いたこともあります。
石田:身体障害学生に個別の支援とよく言いますが、それでも類型化ができるんですけれど、こういう発達障害学生の場合だと、本当に一人一人色々ですね。ここしか問題じゃないんだよ、困ってないんだよっていうように限定されているように思います。そうすると、一般的にこういう話ですよっていうのが通用しない世界なのかなって感じがします。
佐藤:そうですね。ただどんな形だと比較的分かりやすいことが多いかということでは、まあ、まとめられるかなあという気はしてはいるんですけれども。ただ、具体的にじゃあ個人、本当にその方が困っている部分としてはということとは、またちょっと違ってくるんですね。特にコミュニケーションの部分ですとか、どうしても難しいところ、残るところもありますので、そこの部分は本人がなかなか答えられないじゃないですか、こういうのは難しいというようには。そうするとやっぱり周りで、特徴というか、そういうところがあるよねっていうふうに考えてあげないと、きついところもあります。
石田:同じようにコミュニケーションの障害でも、聴覚障害者に対するコミュニケーションがうまくできないというのは、これはもう、解剖的っていうか器質的な面であるわけですので、対応の方法もいくつかに限定されてくる。だけれども、軽度発達障害者とのコミュニケーションの困難さはむしろ心理的な面ですよね、そういう、聴力が低いという問題ではなくて。そういう心理的っていうふうになってくると、対応する方はすごく難しいなと思います。
佐藤:よく話として聞くのは、話題の出し方が結構出し抜けだったりとか、結構自分が興味がある部分でずっとしつこく聞いたりですとか、納得いかないと長時間聞くというようなところがあります。
例えば相手の都合がわからないで、長時間尋ねてくる方の場合だったら、どこでおしまいにするのかというのを約束して、時間内でわからないとことは、別のやり方で対応するというのも一つですね。
つい気になって言ってしまうということもあります。普通に考えれば言わない方が良いなあと思うようなことですね、例えば、太った人に「太ってるよねえ」と言ったりすることがあります。それは別に悪気があって言っているわけではないのですが、そういうところがあるんだなというので、対応できるかどうか、「何失礼なこと言ってるんだ」っていう話になってしまうと、こんがらがってしまいます。
本人もそういう気があって言っているわけじゃないので、その辺りは、「これはこういう意味で失礼に当たるんだよ、こういうふうに聞けばいいんだ、こういうことをこういうふうに言えば良いんだよ」、ということを教えてあげることが大事なことですね。
それは多分色々なパターンで応用が利くわけじゃないところですよね。気がついた時に随時、おさえていってあげる必要もあると思うんですね。そうすると、その場で教えてあげることと、一般常識と知っておいた方がいいことなどを少し整理しておいてあげた方がいいことと、両方あるように思います。そのあたりのことの難しさを周りも少し知っていると逆に気は楽になるという気はするんですよね。
石田:ただ大学教育っていうか高等教育でもそういういわゆる「般化」って言って良いと思いますが、一つを聞いて十を知るっていう部分がありますよね。特に研究の部分で。そういう世界でそれができにくいっていうのはやっぱり相当本人は苦しいでしょうね。
佐藤:そうでしょうね。全然できないわけではないとは思うんですけど、必ずしも同じように受け取っているわけでは、まあそれは別に発達障害だけじゃないかもしれないですけどね、同じように受け取っているわけではない可能性は高くなるのかなというところがありますね。
ここに来る前短大にいたことがありますので、別に診断がついていた学生ではなかったんですけれど、ある時に実習があって、実習先に訪問に行った時に、そこの方からちょっと変わった学生ですよねという話がありました。凄く丁寧なんだけれど、ちょっとずれている感じがするということでした。
自分が担当するクラスに辿り着けなかったことが何回かあったり、言ったことはよくやってくれるんだけど、言わないと動けないというようなことだったのですが。親しい学生ではなかったので、授業の中で見ている時は全然そこまでは別に目立った行動ということはなかったんですが、確かに実習を見に行った時にそうかなと思いました。
石田:そういう実習とか教室を出た所で、また色々考えなければいけないことがあるのかも知れないですね。
佐藤:その辺の実習と就職になってきた時、大学の中にいることよりも、色々問題は生じるようです。実習先に行って、心理関係の実習だったのかな、患者さんを怒らしちゃって苦情が入ったという話を聞いたこともがあります。就職では面接がどうしてもうまくいかなくて、何回も何回も落ちてきているという話をよく聞きます。
逆のパターンもあるみたいなんですよね。話で聞いたのは、面接はマニュアルを熟読していてマニュアル通りに対応できて通ったんだけれども、その後、入ってから変だねってことで、うまくいかなくなっちゃった。周りの人との関係がですね。ということもあるようです。
今後は
石田:それでは最後ですけれど、今後各大学で多分増えていくのでは、或いは、明らかになっていくのでは、人数ではないかと思うのですが、そのことを含めて今後どうなっていくのかということなんですけど、この辺は大学としてもそれなりの対応の体制を取っていかなければならないのでしょうね。
佐藤:そうですね。はっきりとは言えない部分もあるんですが、発達障害者支援法というのがどんなふうになっていくかということが一つあると思うんです。何年か後には改定されるという話も聞きます。また、何年か前から障害者差別禁止法というのが、ある政党とか弁護士さんの中でとか、話題にはなっているようです。
海外にあるような障害者差別禁止法的な意味合いのものができてくると障害のある学生に対して、教育の中で対応しなければいけない事項が明確にされてくる可能性があります。そうなってくると、その中には発達障害も含まれてきますので、そのための対応というのをシステム含めて作る必要がでてくるという気がするんですね。法律で支援をする義務があると明確に打ち出されると、マニュアルじゃないですけど、どこに連絡して、どういうような対応をというようなことが、大学のシステムの中に明確に位置づけられてくるような気がします。
石田:アメリカなんかですと一つの大学に身体障害者と軽度発達障害の学生が混在してたくさんいると思うんですけれども、そういう欧米での大学での取り組みを見て、こういうやり方は、今後、日本でも取り入れてみたら良いんじゃないかというようなことは何かありますか。
佐藤:そうですね。大学でということではないかも知れないと思うんですが、もう少し前の段階からも含めて、本人が自分のそういう難しさというのをどうやって理解・了解をしていくのかというようなプログラムを考えていくことは必要なのかなという気がするんですね。
それは診断ということにも関連することかもしれないし、それによっては就職の時にどうするかということにも繋がっていくような気がするんですけど、自分のそういう難しさであるとか、自分は何にむいているかというようなことの理解が重要になると思います。
それができてくると今度は自分の難しさに対してどのように対応するか、どんな時に力を貸して貰いたいかというのを他の人に伝えるということにも繋げていけるような気がするんですが。その辺りのところが一つ大事になってくるのかなと思うんですね。
後は具体的な部分でいくと、海外だとアコモデーションという言い方で、大枠の対応の仕方がいくつか上がっていたりすると思うのですが、全部そのまんま導入する云々という話じゃないとしても、参考になる部分は結構あるんじゃないかなと思います。それも大学だけじゃなくて、小中高を含めて、そういうようなところを整理していく必要はあるのかなって気はしています。
海外の支援センターとかに行ってみると、学生支援センター内に障害部門があったりですとか、他のキャリアカウンセリングセンターですとか、心理面の学生の相談ビデオがあったりですとか、学習面の部門が中にあったりとか、そういう学生を支援する全体像というか、そこの部分がどれくらい風通しが良いか、相互に連携できるかということが凄く大事だと思います。
多分一つの所だけで全部のことをやろうと思ってもうまくいかないと思うんですよね。小中も含めて、学校としての対応の仕方というのを考えていこうか、一人で抱え込むような形じゃなくてということがよく言われますので、大学も同じなのかなと思います。
石田:私もよくお話させて貰うんですけれども、障害学生への取り組みというのが、ただ一人障害学生だけではなくて、大学全体を変えていく、安全なキャンパスであるとか、分かりやすい授業という、そういうような大学全体の取り組みの一つとして見ておかないといけないと思います。
そういう意味では発達障害についても、大学全体の中でどういう風に取り組んで、そういうこと、支援をしたり色々なことをすることが他の学生にもどういう風な影響を与えるか、或いは、大学そのものにどういう風な影響を与えるかというところまで考えてやっていかないと、お金を使い過ぎじゃないのとか色々な話になってしまう。そんな風にいつも思っているんですけれどね。
佐藤:FDいうのは、どうやって授業を分りやすくするか、ということで言えば、そのまま繋がることのような気がするんですけどね。授業の面で。
石田:そうですね。ではこの辺で。ありがとうございました。