日本学生支援機構が行う学資金貸与事業に関する意見

平成18年3月
独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)政策企画委員会

当政策企画委員会は、独立行政法人日本学生支援機構(以下「機構」という。)に設置された12名の外部委員から成る審議機関であり、機構の運営や業務に関する重要事項等について理事長に対し助言することを目的としている。
当委員会は、機構が発足した平成16年度から各事業に関する現状と課題等について機構から説明を受け、審議を行ってきた。
このたび当委員会では、機構が実施する主要な学生支援事業のうち、学資金貸与事業に関する各委員の主な意見を次のようにとりまとめた。
今後、当委員会のとりまとめの趣旨を踏まえて、機構業務が推進されることを期待する。

(学資金貸与事業の在り方)

近年の経済不況を背景に、家計の所得水準が低下するとともに、所得格差が広がっていく傾向が見られる。我が国の将来を担う若者が高等教育を受ける際、経済的な制約を軽減することが必要であり、奨学金事業を通じた支援がますます重要になっている。

一方、高等教育を取り巻く外部環境の大きな変化を踏まえつつ、学資金貸与事業の在り方について、しっかりとした中長期的な見通しをたてておくことが必要である。

そのため、第一種学資金貸与事業と第二種学資金貸与事業それぞれの位置付けやバランスなどを含む学資金貸与事業の適正な規模・構造に係る「あるべき姿」の検討が行われるべきである。

機構の奨学金事業は貸与制である。その背景には、高等教育へのユニバーサルアクセスが実現しつつある中で、自助自立の精神を尊重し、学生がその教育に要した経費を自身で返還するという基本的な考え方がある。

機構の奨学金事業は今後も貸与制を基本とするべきである。一方で、近年の授業料の上昇や所得格差の拡大、雇用不安を背景に、低所得者層の家庭・学 生の中には、将来の返還に対する不安感から奨学金の貸与を避ける、また、家庭負担やアルバイト時間の増大という形で無理をするというような事態も懸念され ている。そこで低所得者層を中心に、優秀な若者が高等教育の機会を逸することのないよう、ターゲットを絞った給付型の奨学金導入など新しいシステムについ て検討することが必要である。

なお、学資金貸与事業を維持するためには一定の公財政支出が不可欠であり、社会的便益の大きさを踏まえてその正当性を確認しておく必要がある。学 資金貸与事業がもつ教育の機会均等を図るといった社会的便益は、家庭負担の軽減による高等教育への進学率の上昇によりもたらされる。具体的な社会的便益に は、有形・無形のものがあるが、もっともわかりやすいのは、高等教育を受けたことによる所得水準の向上及びそれに伴う税の増収である。
また、教育を受けることにより、各人の生活が心豊かなものとなり、社会参加の機会が広がるとの意見がある。米国の報告の中には、高等教育を受けることに よりボランティア活動・投票といった社会的活動への参加率の上昇、喫煙率や社会保障費の低下などの公的便益を示唆するものもある。
学資金貸与事業に利子補給金などの形で公財政が投入されていることから、この事業が所得の再分配という機能をもっており、こうした面から社会的公正の実現に寄与しているとの指摘もある。

以下は、今後「あるべき姿」が検討される方向についての、当委員会の基本的な考え方である。

(第一種学資金貸与事業)

第一種学資金貸与事業は、低所得者層にターゲットを絞った無利子貸与という特性を有するもので、近年の家計収入が落込み傾向にあるなか、この事業に対する需要は増大してきている。しかしながら、事業規模は、近年わずかな伸びしか見せていない。平成13年度には、第一種学資金貸与事業の規模が第二種に追い越され、その後、第一種の比率は相対的に小さくなってきている。
また、学費と生活費を合わせた学生生活費に対する貸与額の割合を見ると、自宅外から私立大学に通う学生の場合、3割を下回っている。第一種学資金貸与事業の重要な役割である、教育の『機会均等化機能』や優秀な人材を確保し育てる『育英機能』が十分に発揮できなくなりつつあるといえる。

このため、第一種学資金貸与事業について、今後、その規模、貸与額両面にわたって拡充を図ることが必要である。「独立行政法人日本学生支援機構法 案に対する附帯決議」(平成15年5月15日参議院文教科学委員会及び平成15年6月6日衆議院文部科学委員会)において「無利子奨学金を基本としつつ、 奨学事業全体の一層の拡充に努める」旨が、また経済財政諮問会議の「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2005」(平成17年6月21日閣議決定) において「奨学金制度による意欲・能力のある個人に対する支援を一層推進する」旨がそれぞれ盛り込まれているところである。

(第二種学資金貸与事業)

第二種学資金貸与事業の規模が近年急速に拡大しており、実態としては希望者のほぼ全員に貸与できる状況に至っている。

学資金貸与は、学生が教育を受けた後、それを返還するという形で教育費を学生自身が負担する仕組みである。しかし、第二種学資金貸与事業の大幅な拡大(奨学金の貸与を受ける学生の増大)とともに、一部学生の中には、教育サービスに対する費用を返還するという形で自身が負担することについての意識が低い者が生まれていると考えられる。
また、第二種学資金貸与事業の原資として財投機関債の発行額が増大してきているが、金利ギャップの発生や償還に要する資金の確保などの新たな課題が生じている。長期にわたる健全な資金構成を維持していく観点から、今後の財投機関債の活用など原資の調達の方向性等について、綿密な検討を行うべきである。

以上のことから、今後の第二種学資金貸与事業の規模については、前述の第一種学資金貸与事業とのバランスを考慮して、慎重に対処することが適当である。

(新しいかたちの支援)

我が国の高等教育費の構造は、欧米に比べて「高授業料・低奨学金」になっており、家計セクターの負担が過重になっている。このため、将来的な課題と しては、特に低所得者層を中心に家計セクターの負担を軽減するため、米国で実施されているような給付型の奨学金について検討することが必要であろう。

特に、現在のような経済状況において、返還を要しない渡し切りの給付型奨学金は、学生が各自の目標達成に向けて安心して修学を継続していくことを可能にするものであり、教育の機会均等、優秀な人材確保という観点からきわめて大きな役割を果たすこととなる。

高等教育財政における資源配分という観点から見ると、給付型奨学金は機関助成に比べて個人助成の比率を高めることになる。このことは、高等教育機 関が多様化する状況の中で、個人の学校選択の幅を広げることにより、教育サービスの提供において、自由な競争原理が働くことを促進し、高等教育の質の向上 に寄与するものと考えられる。

財源や法制面で解決すべき課題が多く、欧米で実施されているような本格的な給付型の奨学金の導入は将来の課題としても、当面、外部資金である寄附金を積極的に募集し、これを財源とする給付型の事業の実施について検討する意義は大きいと考える。

機構が本年度に開始した優秀学生顕彰制度は、優れた学業成績、卓越した芸術・文化・スポーツ活動やボランティア活動を行った学部学生を顕彰するものである。自らが出えんした寄附金が基となって、進学を希望する若者を支援し、有為な人材を育成する仕組みが創り出されれば、これに賛同して寄附を申し出る人々は少なくないと思われる。今後、この事業の意義は一層高まるものと考えられる。

(返還金回収の促進)

学資金の貸与を受けた者からの返還金は、次の世代の学生に貸与される学資金の原資の一部となるものであり、滞りなく確実な返還が行われることが奨学金貸与事業の維持の前提となる。しかしながら返還率は、近年、低下の傾向にあり、返還金回収の促進が重大な課題となっている。

収入があるにもかかわらず延滞する者が増加すると、まじめに返還している者についてモラルハザードを引き起こしかねない。また延滞者本人にとっても、長い一生を通じて債務を負っていることが精神面での翳りとなることも懸念される。すでに機構においても種々の回収促進方策が講じられているが、今後、経済困難、病気、災害などで真に返還困難な者については返還猶予制度を的確に適用した上で、それ以外の延滞者に対する回収策を一層強化することが必要である。

一方、「返す側」の立場に立ち、現行の返還メニューをより多様化し、返還者が一層返還し易くなる工夫についての検討が求められる。例えば、所得額に応じて返還額を変動させたり、返済額に関するプランを奨学生が自ら設定できるような仕組みを取り入れることも検討の対象となりうる。特に、所得額の一定割合を返還するような仕組みは、返還に対する不安を軽減することから雇用の見通しが不透明な時代においては、教育の機会均等を実現する上で優れているとの指摘がある。所得をどのように確認するかといった問題はあるが、今後の研究課題である。

いずれの場合も、新たな仕組みを導入するためには、システム整備に多大な経費と労力を確保しなければならないことを考慮しつつ、検討を行うことを希望する。

また、優秀な人材育成のために、学部学生の学習意欲の高揚を図ることも大切である。機構発足時に導入した、優れた業績をあげた大学院生の返還免除のような制度を学部レベルでも実施することについて検討されるべきである。
なお、優れた業績をあげた大学院生の返還免除制度については、制度の趣旨を一層活かすことができるよう運用の改善・充実を図るとともに、制度の根幹となる「学生の業績評価」(各大学が返還免除の候補者を機構に推薦する際に行う)の方法について不断に工夫・改善が行われることが必要である。

在学中から「自分の責任において奨学金を借りて返す」という奨学金に対する理解と返還意識の涵養を図ることが重要である。意識の涵養については、一定の時間を要し即効的な対策は困難かもしれない。奨学生の返還意識を高めるべくそれぞれの組織において指導がなされるよう、各大学等のトップなどに対して要請することが望まれる。また、各大学においても、大学の教育・研究や経営に果たしている奨学金の意義を認識し、奨学金事業の要となる返還指導に意を注がれることを期待する。

なお、各大学等の奨学金採用者の割当数を決める手続きにおいて、各大学等の返還率のデータや返還指導の状況をより重視するなどの工夫がなされるべきである。さらに、機構による再三の督促にもかかわらず反応の鈍い一部の滞納者層の回収効率を高めるため、単なる取立てにならないよう教育的配慮のもとコストと効果に留意しつつ、民間債権回収会社(サービサー)の活用を図ることも必要である。

返還金の回収に係るコストや一括返還者に対する報奨金は、運営費交付金から支出することとなっている。このため、各年度の回収必要額や報奨金の額 の変化が他の事業経費に影響することとなる。また、延滞金の回収額は第一種学資金貸与事業に係る分のみが運営費交付金に反映される仕組みになっている。将来、回収コストのために総合的な学生支援事業の実施に支障が出ることのないよう、回収額の一部が回収コストに充てられるような仕組みについても検討がなされるべきである。

以上、第一種学資金貸与事業と第二種学資金貸与事業の規模・構造、新しいかたちの支援の検討、返還金回収の促進策の強化など奨学金事業の基本的な方向を示した。これを踏まえ今後、奨学金事業を学生支援業務の柱として整備されることを期待する。