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(1)SLDの概要
発達障害のうち、学習に関する障害は、米国精神医学会の診断基準(DSM-V)では限局性学習症(限局性学習障害)と呼ばれ、発達障害者支援法では学習障害と呼ばれます。DSM-VにおいてはSLD以外にも、学習障害に関わる医学的概念があります。文部科学省の学習障害の定義によると、全般的な知的発達に遅れがなく、聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す状態です。学習の困難の直接的原因が、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害等の障害や、環境的な要因である場合は、学習障害ではありません。医学的診断としてのSLDは、対象となる学業スキルとして読字、文章理解、書字、文章記述、数の操作、数学的推論が含まれています。
- (発達性)ディスレクシア:読むことの中でも、その最初の段階である、単語や文字を音に変換する部分(文字レベルの段階)が正確に速くできない状態のことで、読字障害、難読症、失読症等と訳されます。結果として書くことがうまくいかない場合も多いので、読み書き障害とする場合もあります。なお、これらの症状は脳血管障害等によっても生じるため、それらと区別するために「発達性」の語を加えることがあります。
- 発達性協調運動症:協調運動技能の獲得や遂行が困難な状態です。協調運動とは、複数の体の動きを統合した運動の、例えば、物をつかむ、はさみを使う、文字を書く、自転車に乗るなどが含まれます。極端な不器用さがあるため、動作の習得に時間がかかったり、道具をうまく使いこなせなかったりします。
- コミュニケーション症:言語症(語彙、構文・文法、文章を理解又は表出することが困難)、語音症(語音の産出の困難)、小児期発症流暢症(吃音)、社会的(語用論的)コミュニケーション症(言語的、非言語的コミュニケーションの社会的使用の困難)、特定不能のコミュニケーション症によって構成され、主に学習障害の「聞く」「話す」に関連します。
(2)修学において起こりがちな困難さの例(制限・制約)
SLD及び関連の障害は、大学等での学修全般に影響します。
読み書きと学修プロセス
- 1.言葉(音)に変換。文字を認識(文字レベル)
- 2.文章として理解(文章レベル)
- 3.概念を理解(概念レベル)
- 4.既存の知識、考え
- 5.書く内容の構想(概念レベル)
- 6.文章産出(文章レベル)
- 7.筆記・タイピング(文字レベル)
- 読むこと(読字・文章理解)
- 読み書きと学修プロセスは、読み書きと学修の段階を表したものです。SLDでは主に文字レベルと文章レベルの段階がうまくいかないので、学ぶことの本質である概念レベル以上の段階が成立しにくくなります。大学等では書籍や論文等、文字から情報を得る機会が多くありますし、評価の場面でも、試験では文字で書かれた問題文を読んで理解することが、学修成果を発揮する前提条件となっています。文字レベルや文章レベルがうまくいかないことを理由に学修が進みにくくなる状況、能力を評価してもらえない状況は避けなければなりません。
- 英語を読むこと
- 日本語を読むことに困難がなくても、英語で大きな困難が見られる場合もあり得ます。文字の表記システムの違いが読み困難の現れ方にも影響するためです。大学等の専攻にもよりますが、英語が教育の本質となっている専攻、専門領域の学修・研究を進めるためには英語論文や書籍を読むことが不可欠な専攻では、とりわけ制約が大きくなります。
- 書くこと(書字・文章記述)
- 書くことには、手を動かして文字を書くという要素(文字レベルの段階)と、文章を作成する文章レベルという要素があります。文字を書くことが不正確だったり、遅かったりすると、ノートを取ることが困難になりますし、文字をたくさん書かなければならない試験では、書くべき内容が分かっていても、時間が足りなくなるために正しく能力を評価してもらえなくなります。
文章を作成することが困難な場合、十分な知識や良い考えを持っていても、それを他者に伝えることが難しくなります。大学等では、レポートや論文等、まとまった量の文章を作成する場面が多くあり、成績や単位認定に大きな影響が出ます。 - 話すこと、聞くこと
- 近年、プレゼンテーションやディスカッションが重視されるアクティブラーニングの要素を含む授業が増えています。そのような授業では、話すこと、聞くことに困難があると授業への参加が難しくなります。また、講義の内容を理解することはもちろん、実習、実技では指示の理解が不十分で、やるべきことが正確にできなくなる場合もあります。
(3)合理的配慮の例
試験における合理的配慮
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テキスト読み上げツール「Wordtalker」(東京大学) |
- 試験時間の延長
- 読み上げ実施
- 読み上げソフト、アプリの利用
- 漢字のルビ振り
選択式試験のように、問題文や選択肢を読む分量が多い場合は、問題を読み上げる補助者がついて実施するか、パソコンやタブレット端末の読み上げ機能を用いた試験実施を検討します。ルビが振ってあれば、読み上げは不要という場合もあるかもしれません。どのような配慮があれば試験で十分に力を発揮できるかを、学生と相談しながら考えます。例えば、読むのが遅いなら時間延長するだけで良いかというと、そうとは限りません。読む作業の負担が大きいと、思考や判断という本来評価されるべき能力が影響を受けて、本来の力が発揮できないということもあります。
- パソコン(ワープロソフト)を使って解答
- 音声入力ソフト、アプリの利用
- 口述試験
文字を書くことに困難がある場合、キーボードでタイプすることがスムーズにできるのであれば、パソコンの使用を認めることが効果的です。論述試験で、文字の手書きに困難が大きい場合、十分な時間が与えられても、タイプしたときよりも文章の質が落ちるとの報告もあります。これは、文字を書く作業の負荷が大きいと、文章を構成するために使える「考える力」が影響を受けるためです。同様に、キーボード入力に習熟していなければ(又は、タイピングに制約がある状況なら)、パソコンを使用しても力が発揮できなくなる可能性があります。その場合は、音声入力(話した内容を文字化するソフトウエア)の利用、又は口述試験への変更といった方法が考えられます。
授業における合理的配慮
- 書籍の電子データ化
- 授業資料の電子データ提供
- 写真を撮って、文書を読み上げ可能な形式に変換するアプリの利用
読むことに困難がある場合、書籍、論文等の印刷物を音声化して、聞いて理解できるようにする必要があります。大学等で使用する教科書、参考図書は、新しいものであれば電子書籍、オーディオブックが利用できる可能性もあります。また、スタンドに設置されたスキャナーの下でページをめくっていくと、次々と電子ファイルに変換してくれるブックススキャナーもあります。支援部署で購入し、学生に使い方を指導し、自由に使えるようにしておくとよいでしょう。
論文の場合、電子ファイルとしての入手が可能な状況なら、読み上げソフトが利用できます。教員が作成した授業資料なら、電子データを提供するとよいでしょう。
- 録音許可(スマートペンの利用)
- 板書の写真撮影
- 講義資料の(事前)配付
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ノートテイク(ノートの代筆)(筑波大学) |
書くことに困難がある場合、主に困るのはノートテイク(ノートの代筆)です。どのような配慮が効果的かは、授業の種類や、学生の書字に関する機能の状態を考慮する必要があります。例えば、「聞く」ことにも弱さがあって、部分的に重要な点を聞き逃すということであれば、録音許可をすることで、聞き逃した点のみを確認できます。ICレコーダー等の録音機器でもよいのですが、録音機能のついたスマートペンなら、音声と手書きメモを同時に保存し、必要な部分を後から簡単に見つけることも可能です。
- 授業の代替措置
海外では、学習障害がある場合に必修の外国語授業を関連の教養系科目で代替する配慮も見られます。機能障害の状況に加え、ディプロマポリシーやカリキュラムポリシー、そしてそれぞれの授業の本質的な要求は何かを慎重に検討し、代替が妥当ということであれば、それも選択肢となります。
(4)指導方法の例
- 支援技術(ソフトウエア、アプリ)の利用方法の指導
- タイピングの練習
- 読みやすくする工夫の指導
- 認知機能のアセスメントを踏まえた学習方略の指導
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文章を読む際に定規をあてる様子(東京大学) |
読み書きに関する配慮の中には、利用の仕方に習熟することが求められるものもあります。支援技術の利用を含め、機能制約を補うようなスキルに習熟することは、合理的配慮が認められない状況であっても、学修を効率的に進めるために役立つものが少なくありません。合理的配慮の提供だけでなく、自助的な工夫を指導することは、卒業後にも使える財産となります。
例えば、文章を読む際、特別なテクノロジーを使わなくても、定規をあてる、2~3行だけ読めるような窓が空いたシートを自作する、カラーフィルター(白黒のコントラストが強くて視覚的な疲労を感じる場合、色のついたシートをあてることで、読みやすくなる場合があります)を使うといったものがあります。
効果的な学習方略の指導を行なう際には、心理学的な検査を行なうことが不可欠です。医療機関を受診しなくても、必要な検査が受けられるような環境を整えることも重要です。学内に心理検査を実施できる支援者を配置できるなら、最低限必要な検査道具を準備します。それが難しい場合は、地域で検査の実施と報告書の作成ができる専門家を見つけておくことが求められます。検査を受けられる体制を準備しておくことは、必要な合理的配慮を決定する上でも不可欠です。
執筆者:高橋 知音
リンク
コラム SLDのある留学生への対応
英語圏では、SLDは最も人数の多い障害のカテゴリーです。例えば、米国では全障害学生の3割程度(Raue & Lewis, 2011)になります。正確な統計はありませんが、アジア圏の学生の間では、その割合は少ないようです。
基本的な対応の考え方は、日本人学生の場合と同様です。配慮要請をする留学生は、出身国でも配慮を受けていた可能性が高いと思います。出身国で作成された根拠資料の提出を求めると同時に、本人の許可を得て、出身国の教育機関の障害学生支援担当者と連絡を取り、情報共有するとよいでしょう。
具体的な配慮内容も、日本人学生のものと同様と考えてよいと思います。ただし、留学生にとっては外国語の環境ですから、出身国の教育機関と同様の配慮では十分でない可能性もあります。
どこまで配慮すべきか、どのような支援が効果的かという判断は、出身国での検査結果に、必要に応じて日本国内で利用可能な検査結果も加え、機能の状況を把握した上で、授業の様子を見ながら総合的に判断する必要があります。
引用文献
Raue K, Lewis L. Students with Disabilities at Degree-Granting Postsecondary Institutions. U.S. Department of Education, National Center for Education Statistics. U.S. Government Printing Office; Washington, DC: 2011.
執筆者:高橋 知音