法律と国の施策

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(1)障害者権利条約と障害者差別解消法

障害者差別解消法施行に向けた歩み

障害者権利条約

2006年(平成18年)8月25日、国連の第8回特別委員会で「障害者の権利に関する条約」が合意に達した瞬間、議場内は大きな拍手と興奮に包まれました。法的な拘束力を持つ条約が成立したことは障害者の歴史において画期的な出来事でした。また条約の審議過程では、“Nothing About Us Without Us(私たちのことを私たち抜きに決めないで)”に象徴されるように、障害者が積極的に関与したことが知られています。
条約は、障害者の人権及び基本的自由の享有を確保し、障害者固有の尊厳の尊重を促進することを目的とし、障害者の権利の実現のための具体的な措置について定めています。またこの条約は、障害は病気や事故から生じる個人の問題とする「医学モデル」の考え方から、障害は主に社会の側が作り出しているという「社会モデル」の考え方が反映されています。「社会モデル」については、「障害の捉え方」で詳しく述べます。

「合理的配慮」について条約は、障害者の人権と基本的自由を確保するための「必要かつ適当な変更及び調整」で、「均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」と定義しています。また障害に基づく差別には、「合理的配慮の否定」が含まれることになりました。「合理的配慮」については、「障害のある学生を教えるときに必要なこと」で詳しく述べます。

条約が採択された翌年、日本政府は条約に署名しました。これに対し日本障害フォーラム(JDF)*は、条約の批准に関する考え方として、条約を形式的に批准するのではなく、締約国にふさわしい国内体制の整備が急ぐべき課題だと主張しました。国内体制の整備は「障がい者制度改革推進本部」(2009年(平成21年)発足)を中心に進められ、推進本部のもとには障害当事者や学識経験者等で構成される「障がい者制度改革推進会議(以下、推進会議という。)」が開催されました。

  • *日本障害フォーラム(JDF)とは、障害のある人の権利を推進することを目的に、障害者団体を中心として2004年(平成16年)に設立された団体

障害者基本法の改正

障害者基本法は、障害の有無にかかわらず個性と人格を尊重する社会の実現等の目的に向けた基本的な考え方を示すものです。2012年(平成24年)の改正は推進会議がまとめた「障害者制度改革の推進のための第二次意見」を反映したものとなっています。
改正法では目的が見直されました。全ての国民が障害の有無にかかわらず基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるとの理念に基づき、全ての国民が障害の有無によって分け隔てなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現することと定められました。障害者の定義については、身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害がある者で、障害及び社会的障壁によって継続的に日常生活、社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものと定義されました。

地域社会における共生については、あらゆる分野の活動に障害者が参加する機会の確保、どこで誰と生活するかを選択する機会の確保、地域社会で他の人々と共生することを妨げられないこと、言語(手話を含む。)その他の意思疎通のための手段を選択する機会の確保、情報の取得または利用のための手段を選択する機会の拡大が定められました。

差別の禁止については、障害者に対し障害を理由として差別すること、その他の権利利益を侵害する行為をしてはならないこと、社会的障壁の除去は、それを必要とする障害者が存在し、実施に伴う負担が過重でないときは、実施について必要かつ合理的な配慮がされなければならないこと、国は差別の防止を図るため必要となる情報の収集、整理及び提供を行なうことが定められています。

障害者差別解消法

推進会議では2010年(平成22年)11月から「差別禁止部会」が新たに開催され、「障害を理由とする差別の禁止に関する法制」に向けた検討が行なわれました。障害者基本法改正によって2012年(平成24年)5月から障害者政策委員会が発足し、差別禁止部会は同委員会の下に移りました。その後、差別禁止部会での議論を踏まえ、2013年(平成25年)6月に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(以下、「障害者差別解消法」という)」が成立しました。

この法律は障害者基本法の「差別の禁止」規定を具体化するものと位置付けられ、障害を理由とする差別の解消を推進するための方策、行政機関や民間事業者における障害を理由とする差別を解消するための措置を定めることによって、共生社会の実現を図ることを目的としています。なお政府は差別解消に向けた基本方針を定めることとし、基本方針の作成に当たっては障害者その他の関係者の意見を反映させるとともに、障害者政策委員会の意見を聴くことが義務付けられています。

この法律では差別解消を進めるため2つの方策を定めています。1つは差別的取扱いの禁止です。行政機関や民間事業者が事業を行なう際、障害を理由として不当な差別的取扱いをすることで障害者の権利利益を侵害してはならないとしています。2つは合理的配慮の不提供の禁止です。行政機関等が事業を行なう際、障害者から社会的障壁の除去を必要とする意思の表明があった場合、実施に伴う負担が過重でないときは、社会的障壁を除去するために合理的な配慮をしなければならないとしています。一方、民間事業者における合理的配慮の不提供の禁止は努力義務となっています。

大学等については障害者差別解消法において、国公立大学等は行政機関等における独立行政法人等に該当し(同法第2条3号)、合理的配慮の不提供の禁止は法的義務となっています(同法第7条)。また、私立大学等は事業者に該当し(同法第2条7号)、合理的配慮の不提供の禁止は努力義務になっています(同法第8条)。

ここで、法的義務と努力義務の違いがしばしば話題になることがあります。両者には法的効果や法的な意味合い等に関する違いがあるわけですが、そもそも、なぜこのような違いを設けたかについて、立法時の説明では、「民間事業者については障害者と相手方との関係が様々であり、求められる配慮も多種多様であることから、努力義務を課した上で対応指針により自発的な取組を促すこととした」とされています。そこで、「文部科学省所管事業分野における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針」を見ると、私立大学等の事業者においても、障害者基本法や障害者差別解消法の理念を踏まえた適切な対応が求められていることが分かります。加えて、当該指針の高等教育段階の留意点では、障害を理由に修学を断念することがないよう修学機会を確保することや、教育の質を維持すること等、高等教育機関として国公私立の違いを問わず留意すべきことが書かれています。これらを踏まえれば、どの大学等においても合理的配慮が適切に提供され、障害学生の修学支援が行なわれることが望ましいと考えられます。

差別解消を推進するための具体的な方策としては、ガイドラインの策定、事業主による差別解消(事業主が労働者に行なう措置は「障害者の雇用の促進等に関する法律」による)、環境の整備が定められています。なお国立大学等は教職員のための対応要領の策定が義務付けられています(公立大学等は努力義務)が、私立大学等については文部科学大臣が定めた対応指針に従い適切に対応することが求められています。

この法律では差別解消を実効性のあるものとするための措置がとられています。事業を管轄する主務大臣が必要と認めるとき、対応指針に規定する事項について事業者に報告を求める、又は助言、指導、勧告を行なうことができるとし、これに従わない場合や虚偽の報告を行なったときは過料が課されます。
差別解消に向けた支援措置としては、国及び地方公共団体は、相談及び紛争の防止・解決のための体制の整備を図ること、差別解消について国民の関心と理解を深めるとともに、差別解消を妨げている諸要因の解消を図るため必要な啓発活動を行なうこと、国は国内外における障害を理由とする差別に関わる情報の収集、整理及び提供を行なうこと、障害者差別解消支援地域協議会の設置を定めています。

(2)障害のある学生の修学支援の動向

障害のある学生の修学支援に関する検討会

傾斜が緩く、途中で休憩できる平面スペースを設けたスロープ(日本福祉大学)

2012年(平成24年)、大学等高等教育段階における障害のある学生の修学支援の在り方等について検討するため、文部科学省に「障がいのある学生の修学支援に関する検討会」が設置されました。この検討会では主に3つの課題について検討を行ない、12月に「第一次まとめ」が取りまとめられました。

1つは大学等における合理的配慮の対象範囲です。ここでは「障がいのある学生の修学支援に関する検討会」で検討対象とする学生の範囲、障害のある学生の範囲、学生の活動の範囲について検討されました。
2つは合理的配慮の考え方です。合理的配慮とは、大学等が個々の学生の状態、特性等に応じて提供するもので、多様かつ個別性が高いものとされました。なお大学等において提供すべき合理的配慮の考え方を項目別に整理しています。
3つは関係機関が取り組むべき課題です。短期的課題としては各大学等における情報公開、相談窓口の設置や拠点校、大学間ネットワークの形成について挙げられています。中・長期的課題としては大学入試の改善、高校(特別支援学校)と大学等との接続の円滑化、通学上の困難の改善、教材の確保、通信教育の活用、就職支援、専門的人材の養成、調査研究・情報提供・研修等の充実、財政支援について挙げられています。

各大学等は2016年(平成28年)の障害者差別解消法施行に向け、支援体制の整備を進めました。その一方で障害のある学生の急増に伴い、新たな課題が生まれてきました。そこで文部科学省は再び「障害のある学生の修学支援に関する検討会」を設置しました。この検討会では「第一次まとめ」の進捗状況を踏まえ、主に3つの課題についての検討が進められ、2017年(平成29年)3月に「第二次まとめ」が取りまとめられました。

1つは「不当な差別的取扱い」や「合理的配慮」の考え方です。不当な差別的取扱いとは、正当な理由なく障害を理由として提供を拒否する、又は提供に当たって場所・時間帯を制限するなど、障害のない学生に対しては付さない条件を付すこととしています。更に、正当かどうかは個別事案ごとに判断すべきとし、一般的・抽象的な理由に基づく対応は不適切としました。合理的配慮については、「第一次まとめ」を踏襲しつつ、障害の社会モデルによる理解が不可欠としました。具体的な内容として大学等における実施体制、合理的配慮の決定手順、紛争解決の第三者組織が示されています。なお「紛争」の概念については、後で詳しく述べます。

2つは各大学等が取り組むべき主要課題です。教育環境の調整、初等中等教育段階から大学等への移行(進学)、大学等から就労への移行(就職)、大学間連携を含む関係機関との連携、障害のある学生への支援を行なう人材の養成・配置、情報公開が示されています。

3つは「社会で活躍する障害学生支援プラットフォーム」の形成です。障害学生支援の充実には関係者の共通理解と努力が重要な課題となっています。更に、障害学生支援に関する調査、研究、開発やその蓄積、こうした成果の支援現場への普及や共有が求められています。そこで幹事校となる大学等が中心となり、近隣の連携大学等、地域の連携機関によるセンターの形成を図る事業が示されています。なお連携機関には、自治体、高等学校、特別支援学校、ハローワーク、企業等が想定されています。

(3)紛争とは

「紛争」*という言葉を聞くと、裁判沙汰のような大きなトラブルをイメージするかもしれません。しかし、「紛争」は裁判に持ち込まれるものばかりではありません。このハンドブックでいう「紛争」とは、大学等と学生が、双方の欲求が同時に充足されていない状況(対立した状況)で、自己の欲求の実現に向け、相互に要求と拒絶を行なっているプロセスを意味します。例えば、車椅子を利用する学生がエレベーターの設置を大学等に要求し、大学等が過重な負担(極めて高額な費用)を理由にその要求を受け入れなかった場合、大学等と学生の欲求は同時に満たされていません。この対立した状況で、大学等と学生が一歩も譲らず、エレベーターの設置をめぐり相互に要求と拒絶をしているプロセスが「紛争」です。

これに対して、「建設的対話」とは、学生の抱える困難を解決するため、大学等と学生が互いに協調しているプロセスを言います。例えば、大学等が、コストを理由にエレベーター設置を認めなかった代わりに、教室変更措置を提案したとします。車椅子を利用する学生は、その代替案を納得して受け入れた上で、更に教室変更が不可能な場合のインターネット中継も併せて希望したところ、大学等がその希望を受け入れる、といった協調のプロセスが「建設的対話」です。ここでは、大学等と学生が、双方の意向と事情を考慮に入れ、相互理解を深めつつ、学生の困難の解決に向けて協力し合っています。

大学等と学生が、合理的配慮の有無と内容について話合いをするプロセスでは、「紛争」の側面と「建設的対話」の側面が混在することがあります。このプロセスの中で、一時的・局所的な「紛争」が発生するのは、ある意味では仕方がないことかもしれません。とはいえ、学生の機会の平等の点からも、大学等のリスクマネジメントの点からも、「紛争」の継続化・全面化(対立した状況で、要求と拒絶のプロセスが長期間継続し、話合いの場が「紛争」一色に染まること)は、もちろん望ましい事態ではありません。「紛争」の継続化・全面化により、両者の感情がこじれ、「紛争」が裁判に持ち込まれる事態も生じるかもしれません。

そのような事態(の解決)に伴うコストは、決して小さくありません。「紛争」の継続化・全面化を防止するためには、「建設的対話」による相互理解を図り、学生の意向を尊重しつつ「紛争」を適切にコントロールすることが重要です。そのようにして、学生も納得できる合意の形成を目指すことが、大学等に求められます。また、継続化・全面化してしまった「紛争」の解決のために、第三者機関を学内に指定したり設置したりすることも大学等の課題です。

  • *「紛争」とは、1、具体的かつ特定的な行為主体の間における、2、生活上の真剣な利害の対立に基づくあらそいであって、3、相手方の行為自体に対する働きかけを伴う直接的なあらそいであり、(3、を意味の次元でとらえれば)要求とその拒絶という伝達を伴うあらそいである(六本佳平『法社会学』有斐閣、1986年)。

執筆者:柏倉 秀克、川島 聡