3.聴覚障害(1)聴覚障害とは

音をきく、または感じる経路になんらかの障害があり、話し言葉や周囲の音がきこえなくなったり、ききづらくなる状態を「聴覚障害」といいます。聴覚障害のある学生は、話し言葉のきき取りに困難を示すことが多いため、大学生活においては授業中に先生の話がわからないなどの問題が生じます。

※「きく」という表現には「聞く(音が耳に入ってくる)」「聴く(集中して耳を傾ける)」など、いくつかの漢字が用いられます。ここではこうした複数の意味合いを込めて「きく」という表現を用いています。

聴覚障害の程度

聴覚障害の程度は、デシベル[dB]という単位を用いて表します。0デシベルは、聴覚に障害のない成人の聴力の平均を表しており、数字が大きくなればなるほど聴力損失の度合いが大きくなります。また、聴覚障害があると音がゆがんだり途切れたりすることが多く、補聴器や人工内耳を用いても明瞭にきこえるわけではありません。
下図は、聴覚障害の程度とそれによって引き起こされる大学生活上の困難や求められる支援の例を示したものです。聴力の状態は学生によって異なり、障害の程度のみで学生の抱える困難を把握することは難しいですが、一般的には聴覚障害の程度が重くなるほど視覚的な手がかりが重要とされます。ただし聴覚障害の程度が軽い場合でも、ビデオの音声やマイクを通した音声などはきき取りづらいこともあるため、本人との対話の中で具体的な支援方法を決定していく必要があるでしょう。

聴覚障害の程度と求められる支援

図1 聴覚障害の程度と求められる支援

【参考】
学校教育法施行令(第二十二条の三)では、聴覚障害の定義について以下のように定められています。しかし、実際には障害の程度に関わらず、困難に応じた配慮事項を検討していく必要があります。
「両耳の聴力レベルがおおむね60デシベル以上のもののうち、補聴器等の使用によって通常の話声を解することが不可能または著しく困難な程度のもの」

コミュニケーション手段

聴覚障害のある学生とのコミュニケーション手段には、口話(こうわ)、筆談、手話等の他、身振りや空書(くうしょ・そらがき)など様々な方法を用いることができます。一般的に聴覚障害イコール手話と思われがちですが、高校まで特別支援学校等に通わず、地域の学校で教育を受けた学生の中には、手話を用いずに口話や筆談を主なコミュニケーション方法としていることも少なくありません。各コミュニケーション方法の概要と使用上の留意点は次のとおりです。
なお、補聴器・人工内耳の特性やコミュニケーション上の配慮については下記を合わせて参照してください。

口話(こうわ)を用いる方法

口話とは、音声言語を主な媒体としてコミュニケーションをとるもので、聴覚障害のある学生は口の形や補聴器を通してきこえてくる音、あるいは話の文脈等を頼りに会話の内容を理解します。一方、聴覚障害のある学生から発信する場合には、主に発声等の手段で情報を伝えます。この場合、聴覚障害のある学生に口元が見える状態で母音アイウエオの形を見分けられるように口を大きく開けてはっきりと話をし、内容が伝わったかどうか確認しながら話し合いを進めます。
また、聴覚障害のある学生の発音が不明瞭できき取りづらい場合には、わかったふりをせず、くり返しになってもきき返すなどして確実にコミュニケーションがとれるように注意してください。状況に応じて筆談を併用したり、ポイントを紙に書くなどの工夫があっても良いでしょう。

筆談を用いる方法

筆談を用いてコミュニケーションをとるイメージ

話の内容を紙やホワイトボードに書いて伝える方法で、口話を併用しながら部分的に書く場合と、話を全部書きながら伝えた方が良い場合があります。
基本的には話をする人が紙に書く方法をとりますが、複数名の会話で聴者同士のやりとりも多くなされる場合には、その内容を書いて伝える補助者を配置しておくと、コミュニケーションがよりスムーズになります。

手話を用いる方法

手話によるコミュニケーションイメージ

手指や顔の表情などを用いて伝達する手段で、五十音に対応する指文字と手話単語にて構成されています。入学したばかりの学生の場合、手話を知らないことも少なくありませんが、手話を身につけることでコミュニケーションの幅が広がる場合も多いので、在学中に学習機会を提供できると良いでしょう。
手話の学習は英語など他の言語の習得と同様に長い時間がかかりますが、覚えた単語を一つでも使用していくことで、聴覚障害のある学生との距離は縮まります。また、手話で話せるコミュニティがあることも聴覚障害のある学生の心理的安定につながるので、学生同士の手話学習会なども企画していくと良いかもしれません。

聴覚障害のある学生への支援

聴覚障害のある学生の多くは、授業受講をはじめとする大学生活の様々な場面で困難を抱えています。そのため、「FM補聴器」や「FM送信機」などの組み合わせによる補聴援助システムを用いてきこえを補ったり、「ノートテイク」や「パソコンノートテイク」「手話通訳」などの視覚的な「情報保障」(※)を用いて授業の内容を伝えるなど、本人の困難さに応じた支援が必要とされます。

※「情報保障」とは、手話や文字などを利用して周囲の音情報をきこえない人に伝えたり、逆に手話や文字などを利用して発せられた発言を音声に変えるなどして、その場にいるすべての人々の「場」への対等な参加を保障する取組のことを指しています。本稿では、手話通訳やノートテイクなど、聴覚障害のある学生の授業参加を保障する取組を総称して「情報保障」、これを担う人のことを「情報保障者」と呼ぶことにします。

聴覚障害のある学生のエンパワーメント

聴覚障害のある学生は、家庭や学校で情報獲得の困難に直面していますが、これら問題が生じる構造(行動、サービス、組織、制度など)を把握し、他者と共同して問題解決を実践する経験が得られないまま進学する傾向があります。聴覚障害のある学生支援体制整備が全国的に広がり、聴覚障害のある学生は入学した時点で支援を受けられることが多くなりましたが、一方で、前述した主体的実践のありかたをも学べているとは言えません。授業で支援が十分に行き届いていない問題があり当事者からも自分のニーズに基づいた働きかけが重要であること、キャリア形成や卒業後の職場改善への取組を考えた時に、エンパワーメントの視点から聴覚障害のある学生を支援することが重要になると考えられています。「エンパワーメント」とは、「抑圧されてきた人々自身が、支援者の助けを借りながら、対話と学習を通して自身が置かれている状況を客観化し、自覚し、主体的に変革していく過程」のことです。エンパワーメントの構成要素には、次の3つの側面があると言われています。

・個人の側面:自己効力感、自尊感情、権利の自覚、批判的思考
・対人関係の側面:主張する、援助を求める、問題解決、新しいスキルの実践、資源のアセスメント
・政治・地域の側面:政治的活動/参加、応酬、貢献、統制

また、これらを実現するために、次の4つの要素が重視されています。

・人間関係への参加が自尊心を促進する
・適切なカミングアウトが他者へ援助を求めていくことを可能にし、孤独を取り除く
・当事者自身が、他者の回復(癒し)に貢献する力をもっていることの経験を促す
・そのために日常的に、障害、対処技法、社会資源に関する情報に触れる場が用意されている

聴覚障害のある学生の支援に関わっていると、長年の音声による情報やコミュニケーションのバリアによって、「人間関係への参加」が制限され、「弱さ」も含めて自己を語る「カミングアウト」が適切にできず、「他者の回復に貢献したり社会を変革する力を持っている」ことを見いだせない学生が多いことに気づかされます。
そこで、聴覚障害のある学生には、「情報保障」による支援だけでなく、「エンパワーメント」の視点で情報保障をよりよくする主体としての成長を促す取組も重要となってきます。例えば、「個人の側面」は、聴覚障害のある学生と支援学生が対等な関係を築けるような交流会をひらく、「対人関係の側面」は、聴覚障害のある学生が情報保障に関わる自身の行動を省み、その背景にある自分の人生体験ともつなげて語り合う場を作ること、「政治・地域の側面」は、情報保障の問題をロールプレイングでとりあげて聴覚障害のある学生からいかに貢献するのかを検討することなどが挙げられます。こうした具体的な実践例について、関連情報の【聴覚障害】のウェブで詳しく紹介しています。

エンパワーメントは、「教育」の側面を強く帯びています。聴覚障害のある学生の行動や生活を見ていると、情報保障だけでなくエンパワーメントのニーズもあることが少なくありません。聴覚障害のある学生が自立し、共生社会の実現の担い手として成長できるように、エンパワーメントの視点で関わってみましょう。