(1)授業における支援
(授業中の支援、授業のおける教員の役割・配慮事項の通知)
聴覚障害のある学生の大学生活において、最も大きな問題になるのが授業の受講です。特に視覚的な補助手段が必要な重度の聴覚障害のある学生の場合、ノートテイクや手話通訳などの情報保障者を配置したり、コミュニケーション上の配慮が求められますが、それだけで十分なわけではありません。何よりも授業を行なう教員自身が聴覚障害のある学生の存在を認識し、様々な支援手段を活用しながら、効果的な教育を行なえるよう、意識の底上げを図っていくことが大切です。
授業中の支援
聴覚障害のある学生が授業に参加し、内容を理解していくためには、音声による情報を文字や手話にして伝えたり、音を効果的に耳に届ける工夫が必要です。一般的に利用されている支援手段には、以下のものがあります。
情報保障者の配置
授業中の音情報を手話や文字に変えて伝える方法です。現在、大学で用いられている情報保障手段には以下のような種類があります。
補聴援助システムの使用
話し手の音声を聴覚障害のある学生のつけている補聴器に直接届ける方法で、これにより音声のきき取りが比較的スムーズになります。主に聴覚の活用が可能な軽度から中等度難聴の学生に有効です。
- 座席の配慮、話し方の工夫等
- 音声をきいたり、教員の口の形を見て授業を理解している学生の場合、座席を前列に指定したり、ゆっくりはっきり話をすることできき取りやすくなります。主に聴覚の活用が可能な軽度から中等度難聴の学生に有効です。
授業における教員の役割
聴覚障害のある学生の支援には様々な手段がありますが、これを実行する上で最も大切な役割を担っているのが授業担当教員です。教員には聴覚障害のある学生が利用している支援手段やそれによって伝わっている情報量を把握し、必要に応じて教育的配慮を行なうとともに、支援の質を評価していく役割があります。その他、授業における支援を作っていく人々の役割は以下のとおりです。
- 教員
- 聴覚障害のある学生や支援学生の存在を考慮に入れて、一度授業計画を見直し、資料等があればできるだけ事前に提供する。授業後はノートテイク等の支援によってどの程度情報が伝達されたかを確認し、足りない部分があれば、できるだけ個別にフォローする。
- 職員
- 情報保障者の確保や配置・謝金処理等に必要な事務処理を行なうとともに、教員と聴覚障害のある学生の間を取り持つ。
- 聴覚障害のある学生
- 支援の方法や支援者に関する情報を把握し、改善が必要な部分があれば積極的に提案する。予習をして授業に臨み、わからない部分は教員に質問する。
- 支援学生
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積極的にスキルを磨き、授業中の情報を聴覚障害のある学生に伝える。伝えきれなかった部分は、聴覚障害のある学生から教員に質問してもらうように伝えておく。授業担当教員にはこうした役割を理解してもらった上で、状況に応じて補足資料を作成したり、板書を増やす、質問しやすいよう声をかける、個別に指導時間を設ける等、必要な配慮を行なうようお願いすると効果的です。また、情報保障者がいる場合には、ぜひノートテイクやパソコンノートテイクのログを確認し、効果的な授業方法について話し合いを行なうと良いでしょう。特に以下のような授業では、聴覚障害のある学生・支援学生を交えた話し合いをお願いしたいところです。
- ※外国語の授業、ビデオを多用する授業、グループディスカッションを用いる授業、情報処理実習、動きをともなう実技・実習、音や音楽を使う授業等
配慮事項の通知
聴覚障害のある学生の在籍している学部では、すでに聴覚障害のある学生に関する情報が共有されていると思いますが、授業担当教員には改めて個別に配慮事項を通知し、聴覚障害のある学生が履修することを伝えておくと良いでしょう。特に、オムニバス形式の授業や非常勤講師が担当する授業等では情報が伝わりにくいため、世話人や担当教員を通して確実に連絡しておくことが必要です。
こんな工夫もできます
学部全体で教育体制を向上させていくため、以下のような取組も可能です。
- 学生支援をテーマとしたFDの実施
- 教員用ガイドブックの作成
- 授業での配慮の工夫を教員会議等で共有
- 聴覚障害のある学生や支援学生を交えた懇談会の開催
(2)情報保障者の配置
(ノートテイク・パソコンノートテイク・手話通訳)
授業中の支援のうち、特に中等度から重度の聴覚障害のある学生等、視覚的な補助手段を必要とする学生に有効なのが情報保障者を配置する方法です。このうちノートテイクやパソコンノートテイクは、多くの場合学生の手によって担われており、支援の実施には体制整備が不可欠です。予算もかかるため敬遠されがちですが、支援を受ける学生だけでなく、関わった支援学生にとっても非常に学びの大きい取組なので、大学全体の教育力向上の柱として位置づける例もあります。
ノートテイク
大学における情報保障のうち、最も多くの大学で用いられている手段がノートテイクです。これは、授業中の音情報を手書きによって書き取り、伝えていく方法で、先生の話し言葉をできるだけ忠実に、書き起こしていきます。
ノートテイクの例
※略字や記号、引き出し線等を用いて、効率的に講義の内容を伝える
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ノートテイカーと聴覚障害のある学生の座席配置例
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- ※1枚から2枚ごとなど、あらかじめ決めた枚数ごとに交代しながら内容を書き伝える。
- ※控えのノートテイカーは、資料の該当箇所を指したり、メモを書くなどのサポートをする。
情報保障者は通常2人以上のペアで配置し、授業終了後、支援時間数に基づいて謝金を支払います。金額は大学によって様々ですが、一般的には短期雇用制度を利用する例が多いようです。また、シフトの管理や消耗品(紙・ペン等)の支給といった作業の他に、聴覚障害のある学生や教員のフィードバックを元に、支援学生のモチベーションを高め、育てていく取組が必要となります。
[参考文献]
「大学ノートテイク入門」、「大学ノートテイク支援ハンドブック」(人間社)
パソコンノートテイク
パソコンを用いて授業中の音情報を入力していく方法で、最近導入を検討する大学が増加してきています。パソコンノートテイクには以下の2つの方法があります。
- 単独入力によるパソコンノートテイク
- 手書きによるノートテイクと同様に、先生の話や音情報を入力できる範囲でできるだけ忠実に入力していく方法です。ただし、個人の入力速度には限界があるので、ある程度要約が求められます。
- 連係入力によるパソコンノートテイク
- きこえてくる文章のうち、前半を入力者A、後半を入力者Bが打ち込むなど、複数の人が協力して文章を完成させていく入力方法です。同時に作業をする人数が2人以上になるので、その分単独入力より情報量も多くなります。入力には専用ソフト(無料ダウンロード可)を用い、複数台のパソコンをLANでつないで行ないます。実習や実験など動きのある授業では、無線LANを用いることでより自由な配置が可能です。
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配線の例 |
必要な機材
・ノートパソコン:入力者の人数+1台
・LANケーブル:パソコンの台数分
・HUB:1台
・OAタップ:1個
(パソコンの台数+1の口数があるもの)
入力者が入力作業をしている。 |
パソコンノートテイクの入力の例 |
パソコンノートテイクの場合も、ノートテイクと同様一つの授業に複数名(単独入力の場合:2人/連係入力の場合:3人程度)の配置が必要です。支援学生を確保し、育てていく過程はノートテイクと同様で、他に機材の購入や管理、定期的な学習会の開催等が必要になります。
[参考文献]
パソコンノートテイク導入支援ガイド―やってみよう!パソコンノートテイク(日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク)
手話通訳
手話を用いて通訳する方法で、通常2~3人で交代しながら通訳を行ないます。音声と手話をリアルタイムに変換して伝えるので、ゼミなどの議論や動きのある実習などで効果的です。
ノートテイクやパソコンノートテイクと異なり、技術の習得に時間がかかるため、一般的には外部からの派遣(有料)を受けるケースが多いようです。ただし、地域によっては大学の授業など定期的に行なわれる場所への派遣は行なっていないところもあり、専門的な内容を通訳できる人材も不足しているのが現状です。
手話通訳イメージ |
手話通訳を依頼する場合には、できるだけ早く派遣を行なっている機関に連絡を取り、対応が可能かどうか相談します。実際に派遣が決まった場合には、大学の授業の専門性に対応するため、事前に聴覚障害のある学生や教員との打ち合わせ時間をとったり、資料や教科書を提供するなどして、十分に準備ができる環境を作ると良いでしょう。
大学によっては、専門分野の学習に必要な基礎知識を身につけるための研修会を開催し、専門用語等に関する解説を行なったり、授業を開放して事前勉強に来ていただく等の配慮を行なっているところもあるようです。また、聴覚障害のある学生を中心に勉強会や反省会を開催するのも効果的でしょう。
逆にこうした体制があるのであれば、派遣に応じてくれる団体もあるかもしれませんので、派遣担当者と相談の上検討したいところです。
- 聴覚障害者情報提供施設・手話通訳等派遣センター等
- 市区町村障害福祉課・社会福祉協議会等
- 聴覚障害者協会
(3)きこえに配慮した授業展開
(補聴器、人工内耳、補聴援助システムの利用)
聴覚障害のある学生の多くが、補聴器や人工内耳などを用いて生活しています。授業を進める上では、こうした道具の特性を理解し、一人ひとりのきこえの状態に応じた配慮をしていくことも大切です。また、補聴援助システムを用いることで、授業内容の理解が進む場合もあります。このシステムが有効となるためには話者側の配慮が求められます。なお、中には効果が見られなかったり聴覚活用への価値観から補聴器などを用いない学生もあり、彼らのニーズや価値観にも配慮する必要があるでしょう。
補聴器
きこえを補助するための道具として最も広く知られているのが補聴器です。
補聴器には、周囲の音をひろうマイクロホンやアンプ、イコライザなどが内蔵されており、ひろった音を本体内部で増幅して、耳に届ける役割を担っています。単に音を増幅するだけでなく、きこえの状態に合わせて周波数特性を変化できる点でも特徴的で、正しくフィッティングすることで高音を強調したり、きき取りやすい周波数に合わせて音を出すなどの効果が期待できます。しかしそれでも、聴覚に障害のない成人と同等にきき取ることは難しいのです。補聴器の種類は本体の形によっていくつかに分けられますが、聴覚障害のある学生の場合は、下図に示す耳かけ型や耳あな型のものが多く利用されているようです。
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- 耳かけ式補聴器
1.マイクロホン
2.プログラムスイッチ
3.イヤーフック
4.ボリュームスイッチ
5.電池ホルダー
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- 耳あな型補聴器
1.イヤーレシーバー
2.マイクロホン
3.プログラムスイッチ
4.電池ホルダー
5.ボリュームスイッチ
参考:ハウリング
補聴器を使っていると、ピーピーという高い音が漏れてくることがあります。これはハウリングと呼ばれるもので、補聴器から出力された音が耳と補聴器のイヤモールドの隙間から漏れてもう一度マイクに入り、これを何度も繰り返してしまうために生じる現象です。本人はそれに気づかないこともあるため、気づいたら周囲の人が伝えてあげる等の配慮があると良いでしょう。
人工内耳
人工内耳とは、内耳の障害のある部分に電極を埋め込み、そこに電流を流すことによって直接聴神経を刺激するものです。利用には埋め込み手術やリハビリが必要で、効果には個人差があります。
ちょうど補聴器のような形をした体外部と頭部に埋め込む体内部の二つに分かれており、体外部のマイクでひろった音を、スピーチプロセッサにより処理し、送信コイルを経て体内の電極に電流が流れる仕組みになっています。この電流は、内耳の有毛細胞の代わりとなって聴神経を刺激するため、人間の脳には「音がきこえた」と感じられます。
ただし、内耳には3,500個もの内有毛細胞があるのに対して、この代わりを担う人工内耳の電極は多いものでも20数個しかありません。そのため、聴覚障害のない成人と同等にきき取ることは難しいのです。
体外部 |
体内部 |
人工内耳のしくみ |
※体外部のマイクロホンで音をひろい、デジタル信号に変換(1)。これを送信コイル(2)から体内部(3)に送り、内耳に埋め込んだ電極に電流を流す。この刺激が聴神経(4)に伝えられ、脳内で音として認識される。
人工内耳装用者は、基本的に一般の学生と同様に日常生活を送ることができます。ただし、柔道や空手・サッカーなど頭に強い衝撃を受ける可能性があるスポーツは、体内部を破損する危険性があるため避けた方が良いとされています。また、スキューバダイビングなどの高圧にさらされる活動も同様です。
このほか、MRIや電気メス(一部)、高周波・低周波治療器など、強い電磁波や磁場を発する機器は避けた方が良いため、これらの実験器具などを扱う学部では注意が必要でしょう。電子レンジや携帯電話の電波など、日常生活で利用するような機器は基本的に問題ないとされていますが、学生によっては人工内耳に雑音が混じるような場合もあるため、事前に配慮すべき点がないかきいておくと良いでしょう。
その他の人工聴覚器
近年、新たな人工聴覚器が出ているので、下表のとおり紹介します。それぞれが聴覚系のどの部位と関わっているのかについては図をご参照ください。
耳内部 イメージ |
- 残存聴力活用型人工内耳(EAS)
- 特徴:補聴器と人工内耳の良い面を組み合わせて音を伝える方法。従来の人工内耳では適用困難な高音急墜型(高音が急激に低下)の人が対象。
- 人工中耳
- 特徴:振動子を用いて中耳にある耳小骨に直接伝える方法。伝音性難聴及び混合性難聴の人が対象。
- 埋込型骨導補聴器(BAHA)
- 特徴:難聴側の耳の後ろに振動子を手術で埋め込み、頭蓋骨の骨伝導を利用して、反対側の正常な内耳に振動を伝える方法。伝音性難聴及び混合性難聴の人が対象。
- 聴性脳幹インプラント(ABI)
- 特徴:聴神経よりもさらに中枢にある脳幹の表面に板状電極をおき、神経細胞を電気刺激して音の情報を伝える方法。人工内耳も効果がなく治療も不可能だった聴神経の障害による難聴の人が対象。
補聴援助システム
聴力を活用して授業を受けている学生の場合、教員の声をよりクリアに届けることで比較的きき取りがスムーズになることがあります。こうした目的で使用されるのが、補聴援助システムです。
聴覚障害学生支援を行なう大学では、FM補聴システムが主に使われています。教員の使用するマイクの音を、FM電波を介して聴覚障害のある学生の補聴器や人工内耳などに直接届けるシステムで、これを用いると周囲の雑音を排除してマイクからきこえてくる音をクリアにきくことができます。また、補聴器などを使わない軽度・中等度の聴覚障害のある学生も、教室内の聴取効果があがります。
※マイクの音声が直接補聴器に届く |
これらのシステムは、きこえの状態や場面によって効果が様々なので、詳しくは、学外の関係機関に問い合わせてください。
- FMによる補聴援助システム
- FM補聴システムは発信機と受信機の2つからなっています。このうち発信機は教員が、受信機は聴覚障害のある学生がそれぞれ持ち使用します。
通常は授業開始時に聴覚障害のある学生が教員にマイクを渡して使用しますが、初回授業などでは職員も同行して説明する形をとってもよいでしょう。また、マイクが口元から離れていたり、スイッチが入っていないなど、使用方法によっては十分な効果が得られないため、教員への理解を促す工夫も必要です。
高校からこうしたシステムを利用している学生の場合、多くは自分の耳にあった機器を所有しているようですが、貸し出し用に大学で購入したり、必要なときに相談ができる補聴器業者を調べておくと良いでしょう。
なお、FM送信機は10万円から16万円程度、FM受信機は6万円から10万円程度です。
※FM受信機の例:タイループ型と補聴器に結合できるタイプのものがある。 |
- デジタル無線方式の補聴援助システム
- デジタル無線方式を用いた次世代の補聴援助システムです。FM補聴システムと比べて、(1)教室のような場所で騒がしくても一定の聴取効果はある(もちろん静穏な会話環境を作ることが望ましいです)、(2)複数の送信機を用いる場合はチャンネル干渉を防ぐための設定が不要になる、などのメリットがあります。
また、このシステムに「線音源スピーカー」といわれる最新技術のスピーカーを組み合わせる方法もあります。一般のスピーカーとは違い、出力する音が水平方向に飛ぶため、距離による音の減衰が小さく、反響や残響もおさえて、明瞭な声を部屋の奥まで送ることができます。そのため補聴器を使わない軽度の難聴の学生、FM受信機がない補聴器を利用している聴覚障害のある学生への支援でも有効に活用できます。 - 教育上の配慮
- 補聴器に限らず、人工内耳や補聴援助システムといったきこえを補助する道具の効果は学生一人ひとりによって異なります。そこで補聴器などをつけて、どの程度聴覚が活用できているのかを把握するとともに、視覚的な情報を交えてコミュニケーションをとる、ディスカッションなどでは発言する人に一人ひとりマイクをまわすなど、きこえを補う工夫をしていくことが大切です。
(4)軽度・中等度・準重度の聴覚障害のある学生への配慮
聴力が70dB以下である軽度・中等度・準重度(以下、軽・中等・準重度)の聴覚障害のある学生は、通常「きこえにくい」学生として見られることが多く、重度・最重度の聴覚障害のある学生より「きこえる」ために、聴覚障害によって起こる問題も「軽い」と考えられがちです。しかし実は軽・中等・準重度の聴覚障害のある学生もまた様々な問題に直面しがちなことを理解しておく必要があります。
軽度・中等度・準重度の聴覚障害のある学生の障害状況を踏まえた関わり
身体障害者福祉法では、聴覚障害のある者のうち重度・最重度のみが法的認定の対象となっています。軽・中等・準重度の聴覚障害のある学生が音声会話に参加するためには補聴器装用が必要ですが、障害認定されていないために、補聴器購入の補助金の交付を受けられません。軽・中等・準重度の聴覚障害のある学生は、こうした福祉サービスの谷間に置かれているために自分のニーズを掘り起こすことができず、大学が行なう障害学生支援に対しても「私は障害者ではないから…」と消極的になることが少なくありません。
また、軽・中等・準重度の聴覚障害のある学生の聴覚活用の効果は、話者の声質や話し方、会話環境、本人の体調や健康状態などによって左右されます。また、学生本人も気づけない「きき間違い」「きき漏れ」があります。例えば、複数の話者がいる状況で音声をきかせてみた場合、「あひる」「タオル」「まくら」「子どもがお菓子を渡す」「弟が林で遊ぶ」といった語句が、それぞれ「あくび」「カーキ」「はくば」「子どもが傘をなくす」「弟がペンキで遊ぶ」等ときこえてしまうことがあります。もちろんきこえ方には個人差がありますが、元の音声を教えられるまでは、本人は「きき間違い」があったとは気づかないケースも多いようです。「ききとれた部分をパズルピースのように組み合わせ、細い糸を紡ぐような感覚で内容をつかんでいく」と当事者が語るように、常に努力と集中を強いられる会話状況に置かれがちです。そして、以下の事例のようになんらかの問題が生じて初めて、きこえないときがあったのだと気づくことも少なくないのです。
このように、学生本人の「きこえ」は様々な要素によって変わるために、自分のきこえについて具体的に説明することが難しく、緊張と不安を抱えながら話された内容を自己努力で推測せざるをえない状況も多くあります。また、自分の障害やそれに対する周囲の心無い反応にストレスを感じたり人間関係を避けたり「きこえる世界」や「きこえない世界」のどちらにも帰属できないなどの心理的問題が生じて、そうした負の体験の蓄積が大学入学以降の生活や人生に影響する例も出てくることがあります。
<事例>
- Aさん
- 「小学生の頃、ある日教室に行ったらだれもいなくてびっくりした。慌てて探すと、集会で皆が体育館に行ったことがわかった。友達は『昨日先生が話していたよ』と言ったけど、気づかなかった。なぜ気づけなかったのかわからなかった。難聴だからか、別のことに集中していたのか、先生の声が小さかったのか、騒がしかったのか原因がわからなくてやるせなくなった。」
- Bさん
-
「講義を担当している先生に、自分のきこえや支援方法を伝えたのに、ききとりにくい場所で話をしたり、ききとりにくい専門用語をきちんと文字化してもらえない。あとでレポートや試験できいたことがない専門用語が出てびっくりしたが、友達は講義で何度かきいていて知っていた。とてもショックだった。これからどのように解決したら良いのか…。」そこで、軽・中等・準重度の聴覚障害のある学生が自身のニーズに気づき、支援を求めることができるようになるために、本人の心理的な側面を配慮しながら授業における障害状況を確認したり、難聴児・者支援に詳しい外部の専門家も同席して難聴に関わる制度やサービス、補聴器等の聴覚補償や求められる支援等について対話を図ることが必要でしょう。
また、自分と同じ軽・中等・準重度の難聴者と対話する機会を提供することも、本人の自己理解やニーズの掘り起こしにつながるでしょう。
本人が安心して「きく」コミュニケーション環境を整備する
軽・中等・準重度の聴覚障害のある学生が会話場面で集中と努力を強いられることをできるだけ軽減させ、安心して音声情報を獲得するために、例えば以下のような配慮が考えられます。
以下のような配慮は、教員だけでなく、軽・中等・準重度の聴覚障害のある学生と関わる健聴の学生にも共有してもらう必要があります。そこで、教員が率先して配慮を行なうことで、だれもが安心して参加できるコミュニケーション環境を作っていくことが大事になります。
- 雑音や反響音が少ない会話環境を作る。(同時に発言することがないように会話を進行する)
- 話者の顔(口の動き)が正面から見えるようにし、明瞭に話す。
- 両耳の聴力に左右差がある場合は、ききやすい座席や位置を決める。
- 隣の席に座っている友人や支援者(学生がききやすい音声を話せる人)が、発言の内容を口頭で伝えたり補足したりする。
- きこえに配慮して「補聴援助システム」を用いる
- 情報保障では、「きき漏れ」や「きき間違い」を確認するためにノートテイクよりも情報量が多いパソコンノートテイクを希望することがある。ただ、自分がきく内容と表示される内容がずれていることが多い場合、両方を整合させなければならず疲れることがあることも考慮。
- 手話ができる場合は、ききとりにくい部分を補い、複数の会話でだれが話しているのかを把握するために有効なので、手話も併用する。
本人と一緒に「きこえにくい」問題を解消する方法を探る
以上の配慮がとられていても、軽・中等・準重度の聴覚障害のある学生の発音が明瞭であるために、きこえる人同士が普段話すペースでつい会話を早く進めてしまい、「きこえにくい」状況を無意識に作ってしまうことがあるかもしれません。
そこで、学生本人とどのような条件なら「きこえない」問題が軽減されるのかを相談したり、話し方や周囲の状況を確認して、お互い安心して会話できるよう一緒に必要な配慮を話し合って実践していく必要があるでしょう。
こうした体験は、学生本人にとって自ら「きく」環境を構築していく主体として成長することを促進することになり、軽・中等・準重度の聴覚障害のある学生のエンパワーメントにもつながると思います。
(5)授業における聴覚障害のある学生のニーズ把握
学期が始まり受講を重ねることで、授業の形態や教室内の環境・設備、人数等の「場面状況」に応じたより具体的なニーズ(第二段階のニーズ)が出てくるようになります。これは、大教室、小教室といった教室の広さによるきこえの違いや受講者数の違い、AV機器の使用有無等によって、新たなニーズが生まれるためです。また、専門科目や初修外国語等、専門用語が飛び交ったり、容易にはきき取れない内容が話し合われる授業では、それに応じたニーズも生まれますし、話すスピード、資料の有無、ディスカッションといった授業形態によっても、対応を変えて欲しいとのニーズが出てくることもあるでしょう。さらに、聴覚障害のある学生が支援を受けることに慣れていくことも大きな要因の一つと言えます。
第二段階のニーズ把握
聴覚障害のある学生の新たなニーズを具体的に把握するためには、各々の大学や聴覚障害のある学生に合わせたインテークシートを用意して定期的に現状を把握すると良いでしょう。
例えば、以下のインテークシート例では、聴覚障害のある学生の障害状況とニーズの二つを把握する形になっています。「障害の状況」に変化がないか、変化がある場合は現在どのようなきこえの状態であるかを把握することは重要です。また、「大学生活上のニーズ」については、入学から1年、2年と経過することで授業毎に異なるニーズが出てくるため、これを把握するための項目が記載されています。また、このようなニーズが記されたシートを聴覚障害のある学生が常備し、情報保障者へ提示することで、より適確な支援を受けることができるような体制を作るのも一案でしょう。