7.精神障害(1)精神障害とは

1.はじめに

精神疾患は、わが国でも罹患者が増加しており、がんや脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病といった4疾患のそれぞれよりも多くなっています。近年、職場や学校でメンタルヘルスに関する取組が重視されるようになったのは、うつ病などの精神疾患のため自殺に至るケースがあると理解されているためです。統計を見ると、自殺による死亡者は糖尿病による死亡者の約2倍とされています(社会保障審議会、平成23年)。このような背景からも、平成25年度から国の医療計画で5大疾患に精神疾患が含まれています。
大学生の年代にあっても精神疾患はもはや珍しいものではありません。自殺が依然として大学生の死因の上位を占めており(大学における休・退学、留年学生に関する調査、平成23年)、精神疾患の早期発見に力を注ぐ大学もあります。従来、精神疾患のある大学生の多くが、症状が増悪した時に休学し、回復したら復学するという決断をしてきました。そのため、療養に専念する期間が数か月程度でも半年単位の休学や留年を経験することがしばしばありました。大学生の年代に見られる精神疾患の多くは医学的治療によってかなりの程度まで回復が期待できますが、復学の時点では、必ずしも通常のレベルで修学や生活に取り組めるとは限らず、症状が残遺したり知的作業の能力が十分に回復していなかったりします。このように平均的な状態から多少とも偏りが認められる精神状態が続くようであれば、精神障害のある学生として修学上の配慮や環境調整が必要となるでしょう。そこで復学が決まったら、支援を申請する手続きや具体的な支援内容の決定について検討されることになります。
精神障害のある学生に提供される合理的配慮は、各人の精神疾患固有の経過や症状を理解した上で、個別的な対応を決定するプロセスの基礎をなします。精神障害のある学生の支援について、大学として明確なポリシーを発信することが重要です。
<注釈>
精神障害と精神疾患の表記について

「精神障害」と「精神疾患」について、定義は法律や診断基準によって定義は様々です。
また、精神障害の定義は、行政・福祉と医療の分野において異なる点があります。医療で国際的に用いられている精神障害は、WHO(世界保健機関)の国際診断基準(ICD-10) の「精神および行動の障害」あるいは米国精神医学会のDSM-5による「精神障害の診断と統計マニュアル」に記述されている診断基準に基づいた障害です。
「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(精神保健福祉法)では、「精神障害」を「統合失調症、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害、精神病質その他の精神疾患を有するもの」(第五条)と定義しており、「障害者基本法」における「精神障害者」の定義は、「精神障害があるため、継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者」(第二条)とされています。
本章では、「精神疾患」のうち、疾患や社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にある学生を「精神障害のある学生」として定義し、精神障害のある学生の修学支援について参考となる情報を記載しました。

2.修学支援の前に確認すべきこと

大学生のライフステージでは学業が大きな比重を占めます。精神障害のある学生の中には、履修やゼミ選択を考える際に、体調不良時の情報保障や試験に関する支援が必要な場合があります。障害に由来する問題から、修学に支障をきたしていれば、環境調整が有効です。
例えば気分障害や統合失調症といった精神疾患は、疾患の経過中に症状が変動することがしばしばあります。症状の勢いや持続期間にもよりますが、治療を最優先するために、休学や留年を選択する学生がいます。復学にあたっては、その時期を見極めることが大切で、十分な意欲が回復していること、さらに病状が安定して学期中を通して修学が十分可能であることが復学の要件となります。
これらは大学が修学支援を提供するにあたってまず確認すべき条件といえます。大学の支援担当者が家族と連絡をとることもあり、また必要に応じて主治医に復学前の生活状況や病状の安定度を確認すること(本人の同意が必要です)も行なわれます。

シラバスを前に履修相談を行なっているイラスト

3.修学支援までのプロセス

(1)病識が乏しい学生への受診の勧め
教職員は日常的に学生と接しており、いわば「関与しながら観察」する立場にあります。日常的に学生と関わる中で経験する違和感や気づきが、的確に病状を捉えていることも多く、学生本人や家族に専門家への相談を促す時に有用です。具体的な支援内容を考える場合にも、現場からの客観的な報告が、支援の妥当性や合理性を支える貴重な情報となります。本人の自覚が乏しい場合に、家族に受診の必要性を大学から説明する方法も有効です。教職員が対応について判断しかねる時は、障害学生支援室、学生相談室、保健センターなどのリソースにも助言を求めれば良いでしょう。

(2)受診を継続すること
副作用の少ない治療薬の登場やうつ病などの啓発が進んで早期に受診する学生が多くなったため、軽度ないし中等度の病状で治療しながら勉強する学生が多くいます。軽度なら支援が不要だとしても、中等度以上では限定的に支援を受けることが妥当な場合があります。
定期的な通院には時間と費用の負担が生じますし、履修が大変な時期は、通院を負担に感じる学生もいます。しかしながら、主治医と信頼関係ができることで精神的な安定や、定期的な助言を得ることができ、家族が相談できる利点もあります。支援者は、学生が自己判断で治療を中断しないように見守ることが大切です。
なお、医療費について、障害者総合支援法により自己負担額を軽減する方法があります。精神疾患としててんかんも対象となります。ただし、この手続きに対応できる医療機関の受診が必要ですので、詳細は、医療機関または所轄の役所に問い合わせてください。

(3)診断と診断書
多くの大学では、支援を申請する際に診断書の提出を求めています。医療機関では、世界保健機構(WHO)による国際疾病分類ICD-10あるいは米国精神医学会による「精神障害の診断の手引き」DSM-5に基づいて診断書が作成されます。ただし確定診断に時間がかかることもあり、さしあたり「うつ状態」などと横断的な状態像が病名として記載される場合もあります。したがって、経過を見て、診断名が変わることもあります。その場合、病名から障害の特異性を読み取ることが難しくなります。そこで、具体的な支援を検討するにあたって、主治医等の専門家からの所見が、支援の必要性や妥当な支援を決定するための根拠資料となりますので、できるだけ具体的な情報を附記してもらうことができれば環境調整に役立ちます(たとえば「うつ状態のため過度の負荷は避けること。研究室への滞在は18時頃までが望ましい。」等)。

(4)休学期間がある場合の支援
休学していた学生が復学する場合、大学のスケジュールを考慮して、新学期から復学を希望する学生が少なくありません。そこで修学支援の準備は新学期の1か月くらい前から始めるとスムーズです。
復学時期の決定や復学後の環境調整をするため、休学中から学生が保健センターや学生相談室、あるいは教務関係の教職員と相談を始める方法もあります。カウンセラーや学校医を通じ、主治医や保護者と連絡を取りながら環境調整を進めて修学支援を準備できると良いでしょう。
なお、入院を伴う休学の場合は、退院後の自宅療養期間も含めて治療に専念する期間を十分に確保した上で、復学時期を慎重に決定し、無理のない履修計画と支援内容を検討することが大切です。
障害学生支援室などがあれば、所定の手続きを踏むことにより支援が決定されます。教務担当者が診断書を確認し各教員に個別の対応を依頼する方法もありますが、今後は支援体制の整備が望ましいでしょう。

4.発達障害と併発した精神障害がある場

不安やうつ状態の治療を受けている学生の中には、発達障害の特性のある学生もおり、多様な特性に配慮した支援が有効な事例があることがわかってきました。ここで重要なのは、うつや不安などの精神疾患に対する定型的な治療(薬物療法や認知行動療法など)だけでは不十分で、発達障害の性質にフィットした関わり(環境調整が中心)を行なうことで治療全体が展開する点です。成人の発達障害では、当初は本人の自覚が乏しいことが多いのですが、このような治療プロセスの中で初めて発達障害の現象に気づかれることがあります。
他方、発達障害がある学生はすでに支援の対象として認識されていますが、発達障害のある学生が精神障害(この場合もうつや不安が多い)を併発することもあります。
発達障害と精神障害の併存例では、両障害の状態や支援ニーズを把握した上で修学支援の内容を個別に検討します。精神障害が改善すれば、発達障害に特化した支援内容に移行することになります。このような個別的な支援によって、修学や学生生活、就労準備がよりスムーズに展開するものと期待されます。

教室で講義を行なっているイラスト

5.教職員のミッション~専門職との協働~

(1)病状悪化時の対応
深刻な病状の悪化は、未治療のまま経過する場合も生じますが、治療の中断や、大学生に固有のライフイベント(成績不振、就職活動の失敗、経済的な苦境、対人関係や恋愛に関わる悩みなど)でのストレスが重なったときにも認められます。
学生相談室のカウンセラーや保健センターの学校医が対応できる範囲には限界があります。自主的に学生相談室や保健センターに行く学生の多くは、自分の変調に気づくことができる人たちです。他方、教職員による変調の気づきや懸念が大きな意味をもつのは、カウンセリングや定期健康診断への来談が難しい学生です。
学修に関わるクラス担任、ゼミの指導教員、学務担当職員、部活動の顧問教員、就職活動中であればキャリア支援室の教職員が連携して相談にあたることが重要です。各種研修やFD・SD等で、対応経験を共有したり関わり方のコツなどを身につけたりして、支援のネットワークを強化・維持すると良いでしょう。

(2)当該学生にフィットした配慮を検討する
カウンセラーや学校医は、学生本人や周囲から集めた情報に基づいて、メンタルヘルスに関わるアセスメントを行ないます。その際に、学生本人に治療を促すべきか、あるいはまず環境を調整すべきか、そしていずれの場合も緊急性があるかどうかといった観点から検討します。
大学が行なうべき支援は、この環境調整に位置づけられます。精神障害と診断された学生の環境調整は、主治医の意見を踏まえ、教育的観点からも適切なものでなくてはなりません。これが合理的配慮に基づく個別的な支援であり、学内の専門家もしくは主治医の意見を得て、進めることが望ましいと考えられます。
精神疾患が疑われる学生に専門家への相談や受診を提案するにあたっては、教職員の立場から修学や進路に関して健康状況を心配しているというニュアンスが伝わると良いでしょう。まず、学生自身がどのような苦悩を抱いているのかを先入観なく誠実な態度で受けとめる態度が大切です。
受診をためらう学生には、「まず一度受診しておけば、本当に困った時にすぐに専門家に相談できる」など、今後の見通しを含めた説明が有効です。修学支援の必要性が高い学生には、専門家の所見を得るまでに時間がかかることを予想して、早めの受診を勧めるようにします。

(3)情報の取扱い
学内での協働を進める上で、得られた情報を、大学内でどのような立場の者が知り得るのかについて本人が了解している(授業を受け持つ教員、所属する部局の長、事務担当者など具体的に伝える)と良いでしょう。また、関係者間での情報を共有する際に、たとえばEメールには個人が特定される情報を記載しない、あるいは添付書類にはパスワードを掛けるなどの配慮がなされる必要があります。
大学等の規模にもよりますが、ある担当者に説明した後は自動的に情報が学内に拡散するわけではないので、高校までとは少し異なることを学生や家族に説明しておく場合もあります。本人が病状や具体的な困りごとを十分に説明できない場合は、診断書や診療情報提供書、あるいは担当カウンセラーが記載した文書を活用することもありますが、これらの保管についても配慮が必要になるでしょう。