6.発達障害(1)発達障害とは

1.はじめに

発達障害は、これまで乳幼児や児童の問題とされてきました。しかしながら、その特徴や問題は長期にわたって変わらずに続くこと、知的に問題はなくとも発達障害のある人がとても多いことが指摘されています。平成16年12月に成立した発達障害者支援法第八条第2項では「大学及び高等専門学校は、発達障害者の障害の状態に応じ、適切な教育上の配慮をするものとする。」と明記され、支援の必要性が示されました。大学等においてもかなりの学生にこの障害があると想定されるため、発達障害も“障害”の一つとして、その困難さに応じた支援が必要です。
発達障害は、学習の問題にとどまらず、周囲の人との対人関係や普段の行動など、生活上に様々な困難が生じますが、身体に器質的な障害があるわけではないため、障害に起因した問題とはわかりにくい、また障害と健常の境界が明確でなく、どこまでが障害でどこからが本人の個性や能力の問題であるのか区別がつきにくい、同じ発達障害でもその問題の表れ方は一人ひとり違い、障害があるかどうかが周囲あるいは学生本人にさえ自覚しづらく、誰を対象にどこまでどのような支援を行なえばよいかを考えていくことが困難である、などの問題があります。
このため発達障害の学生に対しては他の障害のように障害学生を専門に支援する組織ではなく、学生相談室や保健管理センターなどの健康管理部門が支援の中心となることもあります。いずれにせよ支援の窓口や担当者(支援のコーディネーター)を明確にして、これらの者を中心とした支援体制を構築し、各大学の実状に合った、それぞれの学生に適した個別の支援策を考え実行することが大切です。
なお、発達障害と精神障害との関係については議論がありますが、発達障害は生得的である一方、精神障害はいずれかの時点で新たに発症した病気であるという点で異なる障害と思ってよいでしょう。しかし、前述したように外からはわかりにくい対人行動などの行動上の問題を示すなど共通点も多く、実際に発達障害と精神障害が合併することもあります。

3人の学生が和やかに話をしているイメージ

2.発達障害とは

発達障害とは、なんらかの要因による中枢神経系の障害のため、生まれつき認知やコミュニケーション、社会性、学習、注意力等の能力に偏りや問題を生じ、現実生活に困難をきたす障害をいいます。その特徴をまとめると、次の通りです。

  • 生まれつき、あるいはごく早期からもっている特徴であり、その根本的な特性はあまり変化なく終生続きます。
    従って入学以前から、あるいは卒業後もその特性に基づく問題を持ち続けます。
  • 家庭での養育、あるいは学校など社会環境の問題のために起きるものではありません。
    ただし対人関係や養育に困難をきたしやすいため、家庭でうまく育てられなかったり、学校ではいじめに遭ったりしやすく、二次的な障害を生じて複雑な状態を示すこともあります。
  • 薬物療法によって一部の症状が改善する場合もありますが、医学的にその根本障害を変える治療法はありません。
    従って学内で起きている問題に対しては、薬物療法に頼るだけでなく、教職員など周囲の人が、その問題と病理を理解し対応を考えていく教育的な対応がとても重要となります。
  • 症状や状態像は不変的ではなく、経年的・環境的な変化により変わる場合があります。
    従って、相談を受けた際には、小学生や中学生の時期の診断をうのみにするのではなく、再度心理検査等による評価を行なったり、医療機関で診断を受けるように依頼したりすることも重要です。

学生で問題になる発達障害には以下のものがあります。
(注:診断名については、日本精神神経学会(監修)のDSM-5精神疾患診断・統計マニュアル(医学書院)による)

(1)自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害(旧自閉症、アスペルガー症候群、広汎性発達障害)

他人との意思や情緒の疎通、適切な関係を築くことに問題を示すといった社会的コミュニケーションと社会的相互作用の困難さに関する特徴、同じ状況や決められたことへのこだわりが強く柔軟な対応ができないといった行動や興味、活動が限定されて、反復的なパターンを有する特徴を幼小児期から継続して持ち続けている障害です。その他にも、特定の感覚刺激に対して、過敏であったり、鈍感であったりするといった感覚異常の人もいます。自閉症、アスペルガー症候群、広汎性発達障害は、本質的には同じ病理に基づいた連続する障害であるという見解から、DSM-5において全て自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder、以下ASD)に一元化することとなっています。

(2)注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害(旧注意欠陥多動性障害)

注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder、以下ADHD)は、注意力に障害があり困難を生じたり、多動や衝動的な行動をコントロールできない障害です。注意力には、持続すること、いくつかの対象に注意を分配できること、状況に応じて転換できることの三つの側面があり、それぞれの障害から、提出物が期限に間に合わない、とんでもないミスをしてしまう、遅刻が多い、複数の課題をこなせない、やたらと物を失くす、また、落ち着きがない、待てない、並べない、衝動的で余計なことをついしてしまうなどの行動上の問題を示します。下位分類では、注意力の障害が主である人、衝動性や多動が主である人、両者がある人に分類されますが、多動は成長すると目立たなくなり、大学生になると注意力に問題がある人が多くみられます。

(3)限局性学習症/限局性学習障害(旧学習障害)

定義は複数あります。主に医療分野では知能など他の能力に問題がないのに「読む」、「書く」、「計算する」のいずれか一つ、あるいは複数に著しい困難がある場合を限局性学習症(Specific Learning Disorder)とします。一方、教育分野では、上記に加えて「聞く」、「話す」、「推論する」のどれか、あるいは複数に著しい困難がある人も含み、学習障害(Learning Disabilities)とします(以下限局性学習症及び学習障害の両方を全てLD)。困難が文字の読みに起因するDyslexia(失読症、読字障害)などもこれらのカテゴリーの中に含まれています。しかしながら、「成績が振るわない、単に勉強ができない学生」と思われることもあり、発達障害と認識されず、見逃される場合があります。

これら(1)~(3)の障害の関係は専門家の間でも見解が一致していませんが、文部科学省が平成24年に公立の小・中学校の通常の学級に在籍する児童生徒53,882人を対象とした調査の結果の下図を参考にすると、それぞれが重なっているのがわかります。LDとADHDがしばしば重複することは知られていましたが、ASDと重複することも多いです。それぞれ典型的な人の特徴は明確ですが、大学生になると表面に出てくる問題が変化し、ASDとされた人においてLDの問題だけが残ったり、逆にLD+ADHDの人の多動が目立たなくなり、対人関係の問題が顕著に示されるようになることでASDと診断されるなど、それぞれの境界が曖昧になることも多いです。大学で支援する際は、学生の抱える困難が発達障害による、なんらかの機能障害によるものであるかどうかを把握して、実際に役立つ支援を考えていければよく、下位分類にこだわる必要はあまりないでしょう。また図によれば小中学生の6.5%の児童生徒が発達障害の可能性があるとされています。一方、高等教育機関では日本学生支援機構(JASSO)が平成25年度に全国の大学、短期大学、高等専門学校、総計1,190校(全学生数3,213,518人)を調査した結果、診断書がある発達障害学生は2,393人、その内訳は、高機能自閉症1,773人、ADHD298人、LD139人、障害の合併183人と報告されています。これは推測される数値よりも圧倒的に少なく、多くの発達障害の学生がそれとわからず支援を受けることなく学生生活を送っていると推定されます。また性別では全体として男性の方がかなり多いですが、表面上のコミュニケーションに問題がないASDや、不注意が主なADHDは女性にも多いです。

参考:文部科学省(平成24年)「通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について」

以下A、B、Cの分類はそれぞれ文部科学省定義に基づく学習障害、注意欠陥/多動性障害、自閉症または高機能自閉症、アスペルガー症候群に相当する

平成24年調査結果による三つの障害の関係を示す図

参考:文部科学省による発達障害の定義

(1)自閉症 <Autistic Disorder>

(平成15年3月の「今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)」参考資料より作成)
自閉症とは、3歳位までに現れ、1.他人との社会的関係の形成の困難さ、2.言葉の発達の遅れ、3.興味や関心が狭く特定のものにこだわることを特徴とする行動の障害であり、中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定される。

(2)高機能自閉症 <High-Functioning Autism>

(平成15年3月の「今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)」参考資料より抜粋)
高機能自閉症とは、3歳位までに現れ、1.他人との社会的関係の形成の困難さ、2.言葉の発達の遅れ、3.興味や関心が狭く特定のものにこだわることを特徴とする行動の障害である自閉症のうち、知的発達の遅れを伴わないものをいう。また、中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定される。

(3)学習障害(LD) <Learning Disabilities>

(平成15年3月の「今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)」参考資料より抜粋)
学習障害とは、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算するまたは推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を指すものである。
学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的な要因が直接の原因となるものではない。

(4)注意欠陥/多動性障害(ADHD) <Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder>

(平成15年3月の「今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)」参考資料より作成)
ADHDとは、年齢あるいは発達に不釣り合いな注意力、及び/又は衝動性、多動性を特徴とする行動の障害で、社会的な活動や学業の機能に支障をきたすものである。
また、7歳以前に現れ、その状態が継続し、中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定される。
※アスペルガー症候群とは、知的発達の遅れを伴わず、かつ、自閉症の特徴のうち言葉の発達の遅れを伴わないものである。なお高機能自閉症やアスペルガー症候群は、広汎性発達障害に分類されるものである。

二人で話すイメージ

参考:発達障害者支援法による定義

(1)発達障害者支援法第二条第1項

「この法律において「発達障害」とは、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるものをいう」

(2)発達障害者支援法施行令第一条

「発達障害者支援法 (以下「法」という。)第二条第1項の政令で定める障害は、脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもののうち,言語の障害,協調運動の障害その他厚生労働省令で定める障害とする」

(3)発達障害者支援法施行規則第一条

「発達障害者支援法施行令第一条の厚生労働省令で定める障害は,心理的発達の障害並びに行動及び情緒の障害(自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害,言語の障害及び協調運動の障害を除く。)とする」

診断に関する詳細については、参考図書に提示している日本精神神経学会(監修)のDSM-5精神疾患診断・統計マニュアルをご覧ください。

3.発達障害の学生と気づくために

(1)入学前に既に診断され、障害が認知されている場合

平成16年12月に発達障害者支援法が制定され、文部科学省が義務教育での特別支援教育に力を入れていることから、現在では大学入学前に発達障害と診断され、相談機関や高校から支援を求められることが増えてきています。このように既に発達障害が明らかな場合は、高校や相談機関から情報を受けて大学での支援につなげていくのですが、個人情報保護の問題もあってこのような連携は必ずしも円滑ではなく、学生や保護者が自主的に大学に障害を伝えられるようにするための配慮が求められます。一部の大学では入学時に提出する個人ファイルに障害とその支援についての項目を設けて記載してもらい、それに基づいて支援を行なっていますが、支援要請を行ないやすい体制を整備していくことが重要です。

(2)現時点では知的な問題が少なく大学入学まで様々な問題はあったにせよ、自他ともに発達障害とは認識せずに進学し、以下のような経緯から発達障害と推定される場合

ア.様々なトラブル、あるいは学業不振、実験や実習や就職活動での困難から

ASDでは、授業、実習、ゼミやサークル等で状況にあった適切な行動がとれない場合があります。例えば
a.授業中に教員のちょっとした言い間違えをいちいち指摘して授業の進行を妨げる
b.病院実習で指導教員が“さりげない話題から入って徐々に関係を作りなさい”という意図で「少しずつ近づきなさい」と助言したところ、椅子を相談室の端から少しずつ患者さんに近づける不審な行動をして患者さんに激怒される(言葉を字義のとおりにしか解釈できない)
c.忘年会の幹事になり、部長から「今年は全員参加させるように」と言われたため、重病で入院して点滴中の部員を忘年会に誘う(規則に過度に忠実にしか行動できない)
d.実験器具や自分の居る場所にこだわってしまい、周囲の迷惑も顧みず実験を勝手に進めて他の学生から辟易される
といったケースがあります。

ADHDでは
a.レポートを期日に出せない
b.大事な約束にいつも遅刻する
c.オーバーブッキングする
d.整理整頓ができず忘れ物が極めて多いなど

またLDでは、
a.ノートをとるのに時間がかかるもしくは、乱雑な字でノートが読めない
b.教員の話を部分的にしか理解できていなかったり、聞き直しが多かったりする
c.バイトでお釣をいつも間違えクビになる
d.手書きの文字で書かれたレポートや授業感想の場合、字が乱雑で読みにくかったり、内容が乏しかったりする
e.語学の単位がなかなかとれない
f.教育実習等で板書をする際に、ひらがなでさえ書き順に間違えがあったり、漢字が書けなかったりする

など、様々なトラブルや学業上での困難から、自分あるいは周囲が困って相談に至ります。また障害がごく軽度の場合は、卒業間近になって就職活動での困難、例えば履歴書がうまく書けなかったり、会社訪問や面接がうまくいかなかったりすることから初めて相談に至ることもあります。

前述したように、LDが示す困難は「読む」「書く」「計算する」などの基礎的な学習能力の困難に起因する学業上の問題です。他の障害を合併していて、対人的なトラブルや顕著な行動上の問題を示していなかったり、学業上の困難さが顕著で単位の取得や卒業が難しかったりすることがなければ、本人が抱えている困難に周囲が気づくことは簡単ではありません。学業上の問題を単に「怠けている」「勉強ができない学生」として考えるのではなく、LDを疑うことも視野にいれておくことが重要となります。

イ.二次的、あるいは合併した精神・身体症状で保健室を訪れて

発達障害のある学生は前述のような困難を抱えているため不安や葛藤が生じやすいのですが、それを適切に表現することが難しく、様々な二次症状、例えば腹痛、頭痛、食欲不振、嘔気、めまい、不眠等の身体症状、抑うつ、不安、こだわり等の強迫症状、また時として過去の嫌な記憶が突然よみがえるタイムスリップ現象によりパニックを起こすこともあります。それぞれの症状だけをみると発達障害にだけある特異的なものは少ないので、事前の情報がなければ発達障害と見分けることは難しいのですが、例えば頻繁に保健室を利用する学生の中に発達障害の可能性があることを念頭に対応すべきでしょう。
また、二次的な症状が進行し、精神障害を併発すると、適応状態が顕著に悪化し、状態像も複雑化することから対応がとても難しくなります。対応としては、二次的症状や精神障害への支援を基本としながら、伝え方や配慮に発達障害を加味して対応を考えることが重要となります。精神障害についての特徴や支援は精神障害の章に詳しく書かれていますので、そちらを参考にしてください。

ウ.不登校や休学している中に発達障害の学生が多い

発達障害は上述したような困難のため、支援を受ける前に休学、退学、あるいは引きこもってしまう学生も少なくありません。休学、復学の支援においても発達障害のことを念頭に対応すると良いでしょう。

エ.本人がインターネットや書物をみて相談に至る

最近はインターネットや自伝や専門書などの情報で発達障害のことを知り、自分もそうではないかと相談に訪れる学生もいます。

オ.相談室や窓口など1対1での対応での発達障害の学生の特徴

面接ではASDの場合、視線を合わせない、歩き方がぎこちない、手先がとても不器用、なんとなく態度が硬いなど動作の問題、服装がちぐはぐ、服の汚れや乱れに無頓着など外見の問題、字義とおりの解釈しかできない、形式ばった変わった用語の使い方をするなど言葉の問題、抑揚がない話し方をする、同じことを何度も繰り返す、話がどんどんずれていくなど会話の問題、せっかちで相手かまわず一方的に話す、初対面なのになれなれしかったり、逆に過剰に丁寧で形式ばった対応をするなど態度の問題、感情の起伏があまりないなど感情の問題、テーブルクロスや壁の絵のわずかな偏りをいつも正さないと気がすまない、直前の面接が長引き相談中なのに定刻になると面接室にいきなり入室するなどこだわりの問題などの特徴が見られます。またADHDでは落ち着きがなくじっとしていない、集中できないなどの特徴がみられます。
ただ、どれもそれだけで発達障害とわかる特異的なものはありません。トラブルや面接の様子の背景に生得的に持っている能力の問題があるか否かから発達障害の可能性について検討しますが、正確な診断を得るためには専門家への受診が必要になります。