第15回 自己理解と意思表明支援

こんなときどうする?障害学生支援部署の役割

「障害者差別解消法」施行に伴い、増加が懸念される紛争を防止・解決するために、大学等はどのような対応をしていけば良いのか、障害学生支援部署が果たすべき役割とは何か、架空の講座やワークショップの中で、様々な課題や解決方法について紹介していきます。なお、ここで紹介する事例は、大学等の対応を検討する上で必要な要素を盛り込むために、よくある状況や対応を想定して創作したものです。あくまでも架空の事例であり、ある特定の事例に基づくものではありません。

第15回 自己理解と意思表明支援

ファシリテーター

第15回は、障害に関する自己理解や支援意思の表明が困難な学生と、学生を取り巻く意思表明支援者(保護者・家族)との関係を念頭に置いて、本人主体の建設的対話のプロセスについて考えます。
このテーマは、ワークショップ形式で検討します。ワークショップの参加者は、障害のある学生本人、保護者、大学等の支援担当者で、障害のある学生本人と保護者が障害学生支援担当者とやりとりをする場面を仮想事例として取り上げます。



検討課題

  • 学生本人における障害の自己理解
  • 障害のある学生本人の意思表明プロセス

事例登場人物

学生Aさん

Aさんの保護者Bさん

参加者紹介

国立大学Cさん

私立大学Dさん


ファシリテーター

大学生は成人年齢に達していることもありますが、まだ完全に自立しているわけではなく、家族のサポートを受けながら自立を目指す時期でもあります。障害のある学生においても、ご家族が合理的配慮の調整プロセスに参加することがあります。みなさんの大学で、ご家族を含めた合理的配慮の調整において、苦慮したことはありますか?

国立大学Cさん

少し前にこんなことがありました。他の大学のみなさんにもご意見を頂ければありがたいです。

事例紹介


国立大学Cさん

今日は合理的配慮の申請に来られたとのことですが、具体的にどんなことで困っていますか?

学生Aさん

・・・・・・。(緊張した様子で、目をふせる)

国立大学Cさん

えっと、話してもらわないと、何も進められないのだけど・・・・・・。親御さんは、どうでしょうか?

Aさんの保護者Bさん

うちの子は小さい時にアスペルガー症候群の診断を受けていて、人とのコミュニケーションが苦手なんです。もう4年生で卒業論文を書かないといけないみたいなんですが、9月になるまで親にも何も言わなくて・・・・・・。大学の先生から「ゼミにも顔を出していないし、研究も進んでいないようだ」と私に連絡が来て、びっくりしました。勉強は昔からできていたので、小学校・中学校・高校の時には、本人には障害のことは伝えずに、親が先回りをして支援をしてきました。大学では好きな勉強ができる学科に入れたので、1人でできるかと思ったのですが・・・・・・。ここに来る直前に障害のことを本人にも伝えました。診断書も持ってきています。本人はびっくりしているのと、何をしていいのか分からなくて困っているのだと思います。親だから分かります。このままだと卒業ができない状況なので、何とかしてもらえないでしょうか。

国立大学Cさん

何とかしてもらいたい、と言われましても・・・・・・。合理的配慮の提供には、学生本人の意思表明が不可欠ですので、親御さんからのお話だけでは進めることができません。Aさんは、どうしてほしいですか?

学生Aさん

・・・・・・。(緊張した様子で、目をふせる)

Aさんの保護者Bさん

さっきからお話している通り、コミュニケーションが苦手なんです、うちの子は。こんな感じで卒業論文の指導を先生に受けにいくこともできなかったのだと思います。だから、今、こうやって「どうしてほしいか?」と聞かれても、何を答えていいかわからないことが障害なんです。理解して頂けないでしょうか?



ワークショップに戻る

国立大学Cさん

この時は、まったくAさんが話をしてくれなかったのと、卒業が危うい状況ということもあったので、仕方なく、保護者の方からの聞き取りをもって合理的配慮の手続きを進めてしまいました・・・・・・。でも、本当にこれで良かったのか悩んでいます。

私立大学Dさん

今のお話だと学生からの申し出が一切ないので、合理的配慮の手続きを進めるのは、マズいのではないでしょうか。本人にも障害告知が直前までされていなかったようですので、本人が自身の障害を適切に理解して合理的配慮を求めたとは言えないと思います。こういう学生の意思を無視して、保護者だけが出てくるパターンは多いので、うちの大学では本人が求めない限り、一律認めないことにしています。

国立大学Cさん

ちょっと待ってください。このAさんは、アスペルガー症候群の診断を受けていて、対人コミュニケーションの困難が障害となっているのだと思います。保護者の方が言うように、合理的配慮の調整プロセスそのものが、アスペルガー症候群の学生にとって社会的障壁になっていたとも考えられます。それなら、コミュニケーションに困難のある学生は、その障害の状況を考慮して、保護者等による代行決定を認めるという考え方もあるんじゃないでしょうか。どうでしょう?

ファシリテーター

とても大事な議論ですね。大学と障害学生、そして障害学生を支援する人(保護者など)を含めた建設的対話における本人の「意思」とは何かを考えるきっかけになると思います。Cさん、Dさんのどちらの意見も分かりますが、丁寧に論点を整理していくことが大切です。ここでは大きく、2つの論点があると思います。1つは、「学生本人における障害の自己理解」、そして、「障害のある学生本人の意思表明プロセス」です。1つずつ順番に考えてみましょう。

学生本人における障害の自己理解

ファシリテーター

Aさんは、アスペルガー症候群の診断を受けていたので、障害の状況に関する根拠資料はあります。ですが、障害のことについて合理的配慮の申請時まで伝えられていませんでした。これでは、本人が自身の障害について理解をしていない状態のため、必要な合理的配慮を検討することが難しい状況です。文部科学省「障害のある学生の修学支援に関する検討会報告(第二次まとめ)」では、『(前略)障害のある学生自ら社会的障壁を認識して正当な権利を主張し、意思決定や必要な申出ができるように、必要な情報や自己選択・決定の機会を提供することなどに取り組むことが望ましい。』とされています。つまり、学生が意思表明できるように、必要な情報提供も大学側に求められています。Aさんの場合、根拠資料だけを提出すれば良いのではなく、まず、「アスペルガー症候群とは何か?」、「障害とAさんの大学生活の関連性」、「障害のある他の学生が受けている合理的配慮やその他の支援」など必要な情報を支援担当者から提供し、Aさん自身が障害のことについて十分理解した上で合理的配慮の調整についての検討ができると良かったかもしれません。また、授業などを通じて、学生が自身の得意・苦手を適切に理解できる機会を大学側から提供することで、学生からの意思表明が促されることもあります。例えば、1年次向けの導入科目などで発達障害の基礎的な知識を伝える機会を用意したり、キャリアデザイン科目で自身の得意・苦手を振り返るワークなどをすることも有効な場合があります。

国立大学Cさん

そうですか。根拠資料があれば、どんな状況でも合理的配慮を提供しなければいけない、と思っていたのですが、学生本人が自分の障害や周りの状況を十分理解してから対話を進めることが大切ですね。そもそも合理的配慮とは何か、どのように求めたら良いか学生側に十分伝わっていないこともあるので、日頃から障害学生支援についての学生全体に周知しておくことも意思表明には必要ですね。

障害のある学生本人の意思表明プロセス

ファシリテーター

2つ目に「障害のある学生本人の意思表明プロセス」です。今回は、Aさんが自分から支援を「口頭で」求めることは難しく、保護者の方からの支援申出となっていたようです。Dさんがおっしゃるように、学生の意思を無視して、保護者の方と大学だけで話を進めることは、建設的対話ではありません。しかしながら、Cさんがおっしゃるように、アスペルガー症候群という障害により、合理的配慮の調整プロセスそのものが社会的障壁となる場合も少なくありません。このようにコミュニケーションに障害のある学生においては、より柔軟に意思表明の「方法」を考えることが重要です。例えば、対面口頭では緊張が高く話せない学生でも、パソコンでの筆記、メール、書字などでは意思を伝えられる場合もあります。今回の場合ですと、『口頭だと話しにくいことがあれば、パソコンや紙に書いてもいいし、メールでのやりとりでもいいから、Aさんの考えていることを教えてください』と伝えるだけでも、意思表明ができたかもしれません。

私立大学Dさん

メールでのやりとりだと、保護者の方が代わりにメール文面を打っている可能性もあるのではないでしょうか?うちの大学でも学生のアドレスなんだけど、明らかに保護者の方が入力したように見える文章で来ることがあって、議論になります。そうすると、本人の「意思」を確認していることになるのでしょうか。

ファシリテーター

たしかにそのような可能性はありますね。本人の「意思」をどのタイミングで確認するのかも大事だと思います。合理的配慮の調整をする時には、学生本人や保護者では、具体的な支援内容をイメージすることが難しく、『どうにかしてほしい』という申出だけをいただくこともあります。そのため、『どうしたいですか?』というオープンな質問だと上手く答えられないこともあるので、『例えば、口頭で伝えにくいことをメールで伝えることを認めてもらったり、提出期限をリマインドしてもらうような配慮を受けた学生もいるけど、Aさんにとってあったら助かることはありますか?』など具体例を提示して、自己選択しやすいような会話の姿勢も重要です。支援内容をメールベースで調整をした場合も、最終的な「意思」を確認する際には、希望する支援内容について学生本人が求めていることが客観的に分かる「方法」で行うことが大切です。教職員からの質問に対して、首を縦に振る(はい)、横に振る(いいえ)の簡単なジェスチャーで応答する場合もあるでしょう。対面が難しい場合には、自署・押印付きの申出資料を保護者の方の援助を受けながら、本人が提出することも考えられるかもしれません。

国立大学Cさん

なるほど。つい、口頭でやりとりをする意思表明を思い浮かべてしまうのですが、身体障害で発話が難しい学生にも同じような方法で意思を確認することがあるので、意思表明の方法を柔軟に考えることが大切だと思いました。ですが、保護者の方と本人で意見が食い違うことも結構あって・・・・・・。どうしても子は親に勝てないというか・・・・・・。

ファシリテーター

保護者と学生の間にも関係性がありますから、その点も考慮して対話を進めることが大切ですね。確実に言えることは、保護者の方が合理的配慮を希望していても、本人が希望していないことが明らかであれば、その時点で合理的配慮の提供をすることはないという考え方が基本です。
障害者差別解消法の基本方針は、「障害者からの意思表明のみでなく、知的障害や精神障害(発達障害を含む。)等により本人の意思表明が困難な場合には、障害者の家族、介助者等、コミュニケーションを支援する者が本人を補佐して行う意思の表明も含みます。なお、意思の表明が困難な障害者が、家族、介助者等を伴っていない場合など、意思の表明がない場合であっても、当該障害者が社会的障壁の除去を必要としていることが明白である場合には、法の趣旨に鑑みれば、当該障害者に対して適切と思われる配慮を提案するために建設的対話を働きかけるなど、自主的な取組に努めることが望ましい」と記しています。このように、建設的対話を開始する契機は、大学側が障害学生が困っているという状況を明白に分かっている場合となりますが、このような対話の契機も、その後の対話の過程も、本人中心となること、本人の意向を支援したものとなることが必要です。
二次まとめにおいても、『障害のある学生本人の意思を尊重しながら、本人と大学等が互いの現状を共有・認識し、双方でより適切な合理的配慮の内容を決定するための話合い』が建設的対話とされています。ご本人が支援や配慮を希望しない理由には、「配慮を受けず、自分1人で頑張りたいけど、親の前では言いづらい」という場合もあれば、「何をどうしたらいいかイメージができない」場合などがあるかと思います。前者の理由であるなら、保護者の方の意向に沿って合理的配慮を提供することは、本人の意思を尊重していないことになるかもしれません。家族関係にとらわれず、本人の意思が確認できるように、教職員と学生が1対1で意思確認を行えるような機会の設定が必要かもしれません。後者の場合には、意思表明の前段階となる学生自身の障害や環境側の社会的障壁についての理解が不足しているかもしれませんので、大学等学校側から学生に対して情報提供など働きかけることが望ましいでしょう。

私立大学Dさん

たしかに支援内容を学生が1人で考えることは難しい場合が多いですね。支援内容を自分で考えて伝えることが「意思表明」ではなく、支援内容は関係者も含めて一緒に考えた上で、その都度、客観的な方法で本人の「意思」を確認することが重要だと思いました。どうしても大学だと画一的なルールを作りたがる感じがあるので、個々の学生の障害に応じて、保護者等の意見も参考にしながら、本人との対話を進めていくことが大切ですね。


ファシリテーター

初等中等教育から高等教育に移行する際には、障害のある方の意思表明プロセスが保護者主体から本人主体に変わってきます。その急激な変化に学生本人はもとより、保護者自身もついていくことが難しいこともあります。大学の教職員は、大学における合理的配慮で重要となる「本人の意思表明」について、保護者の方にもその必要性を改めて理解していただく働きかけが大切です。そのためには、日頃からウェブサイトなどで相談窓口の役割や合理的配慮の例を示すなど相談へのアクセシビリティを向上するような取り組みが有効です。そして、「本人の口頭による意思表明がなければ一切受け付けない」という一方向の対応ではなく、本人の障害を考慮した意思表明の方法を用いて、不断の建設的対話に努めることが必要です。学生の意思表明を支援することは、大学教職員にとって対応の負担を増すように見えるため消極的になる場合もありますが、長期的に見れば、学生が大学生活をより良く過ごし、社会につながるための大切な教育機会にもなるでしょう。

参考情報

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次回予告

第16回「教材、授業、試験等における情報保障」は12月25日公表予定です。

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