第21回 人材の確保と育成

紛争の防止・解決のために(今後の課題)

「障害者差別解消法」施行に伴い、増加が懸念される紛争を防止・解決するために、大学等はどのような対応をしていけば良いのか、障害学生支援部署が果たすべき役割とは何か、架空の講座やワークショップの中で、様々な課題や解決方法について紹介していきます。なお、ここで紹介する事例は、大学等の対応を検討する上で必要な要素を盛り込むために、よくある状況や対応を想定して創作したものです。あくまでも架空の事例であり、ある特定の事例に基づくものではありません。

第21回 人材の確保と育成

ファシリテーター

「障害者差別解消法」施行に伴い、増加が懸念される紛争を防止・解決するために、大学等はどのような対応をしていけば良いのか、障害学生支援部署が果たすべき役割とは何か、架空の講座やワークショップの中で、様々な課題や解決方法について紹介していきます。なお、ここで紹介する事例は、大学等の対応を検討する上で必要な要素を盛り込むために、よくある状況や対応を想定して創作したものです。あくまでも架空の事例であり、ある特定の事例に基づくものではありません。
第21回は、障害学生支援の体制整備に欠かせない人材を、どのように確保すればよいのかについて考えます。このテーマについてはワークショップ形式で検討します。参加者は大学等の支援担当者です。

検討課題

  • 支援の立ち上げ期に必要な人材確保
  • 支援担当部署の人材養成
  • 人材確保に関わる大学間連携とは

参加者紹介

国立大学教員Aさん

私立大学コーディネーターBさん

私立大学職員Cさん

支援の立ち上げ期に必要な人材確保

ファシリテーター

障害学生への支援体制を整えるため、支援室などの部署を新設したり、障害学生支援の専任担当者を新たに採用する際、どのような人材をその担当にするかは大きな課題です。Cさんの大学の様子を紹介していただきます。

私立大学職員Cさん

本学では、学生課の職員が兼任で支援業務にあたってきたのですが、体制を見直すことになり、専門職員をおくことになりました。初めは、長く兼任で担当してきた私がコーディネーターを担うという話だったのですが、これから新しい体制を育てていくためにも専門性のある人材を新たに入れたほうが良いと訴えて、事務職員の私とは別にコーディネーターを採用する方向で進めています。ただ、どんな資格や条件で採用すればいいのか、初めてのことなので手探り状態です。ある研修で目にした資料を見たら、「コーディネーターに求められる能力」が非常に多岐に渡っていて、大変な専門性を求められる仕事だと改めて理解しました。ですが、上層部からはパートタイム職員としての雇用を提案されていて、どうすべきか悩んでいます。

私立大学コーディネーターBさん

私は本学の支援室ができた時にコーディネーターとして採用されました。募集では、臨床心理士か精神保健福祉士の資格、パソコンを使った基本的な事務作業、対人支援の経験などが条件に挙げられていて、以前は障害者施設に勤めていて学生支援の分野は初めてだったのですが、資格や経験が活かせると思って応募しました。当時は発達障害学生への対応が多かったのですが、最近はさまざまな学生への支援が必要になってきたので、今後はもう一人、身体障害学生の対応を中心に担えるコーディネーターを採用するようです。


ファシリテーター

Cさんが言われるように、障害学生支援という分野で求められる力は実に幅広く、たとえば大学という組織を理解して調整・連携する力、課題を捉え解決方法を提案する力、各障害やその支援方法についての知識や理解、大学生活全体を見通した学生への働きかけ、などさまざまです。社会福祉や心理臨床など、他の領域の専門性が活かされる面ももちろんありますが、初めから1人の人材にすべてを期待し任せることは現実的ではありません。
Bさんの場合は、当時の大学の状況として発達障害学生支援が重点課題であったことを踏まえた人材確保だったと言えるでしょう。今回の場合は、Cさんご自身が学内調整や組織理解に長けているので、たとえば新たに採用される方には、学生への対応や支援方法の検討などを中心に担っていただくという視点で、検討されてはどうでしょうか。

私立大学職員Cさん

なるほど。事務職員とコーディネーターが協働することを前提に、まず今、必要な専門性について考えてみるということですね。そうすると、資格はもちろんですが、チームで働く力や、学生に寄り添う姿勢なども大切になりそうです。ですが、障害学生支援の経験がない方を採用した場合、その後どうやってフォローアップしていけばいいのでしょうか。

私立大学コーディネーターBさん

今はさまざまな機関が障害学生支援に関する研修やシンポジウム、講演会などを開催しているので、採用されてから視野を広げ、知識を増やしていく道が開かれていると思います。私も初任の時から学外の研修に参加させてもらい、地域福祉とは違う学生支援の視点や専門性を学ばせてもらいました。

国立大学教員Aさん

国立大学では支援担当教員の配置が進んできましたが、Cさんの大学のように雇用形態が難しい問題となる場合もあるのですね。ですが、障害者差別解消法の見直しで、事業者、つまり私立大学も合理的配慮の提供が義務となる方向で検討されているようです。 今後はBさんの大学のように、支援を担当する人材の確保、拡充を重視する大学が増えていくのではないでしょうか。

ファシリテーター

継続して業務に従事しながら、経験や研修を通じて専門性を高め、その蓄積が障害学生支援の質の向上につながれば、それは大学にとっての財産になります。担当者の任期などの問題で、せっかく培った専門性や支援体制を手放すことにならないよう、大学には、支援担当者の安定した雇用形態を模索してほしいと思います。

支援担当部署の人材確保と養成

国立大学教員Aさん

本学では支援室に専任教員をおいていますが、最近は障害学生が多様化し、教員の負担も増えてきました。もちろん研修に参加したり他大学との情報交換に努めていますが、この先支援ニーズが増えていくことを考えると、どのような体制を組むのがよいのかと悩んでいるところです。

私立大学職員Cさん

私立大学でも、社会福祉学部や特別支援学校の教員養成課程などがあって、障害や支援の専門の先生がいるところはよいですが、本学はそうではないので、学内に専門家がいません。コーディネーターを採用しても、多様な学生に対応する体制を維持できるのか、不安です。

私立大学コーディネーターBさん

本学で初めて生活介助を必要とする身体障害の学生を受入れたときは、学外の専門機関に相談をしてかなり助けていただきました。初めは、自校の学生の問題を学外機関に相談することについて、躊躇する声もあったのですが、受入れ経験のある他大学を紹介してもらって話を伺ったり、地域のリソースや制度について情報提供していただいたりして、何とか初動の体制を組むことができました。今も、FD/SD研修の講師をお願いするなど、学内の専門家不在を補う貴重な存在として、力をお借りしています。

国立大学教員Aさん

確かに、障害学生支援の研修会で個別相談の機会があったとき、専門知識のある方から具体的なアドバイスをもらえるのは心強いと思いました。あのような機会を積極的に利用していくという考え方は大切かもしれません。また、少し違う話かもしれませんが、障害学生の就職活動のサポートをしたときに、障害者専門の就職情報サイトがあることを知り、活用させてもらいました。大学生活や修学を支援するために活用できるリソースが、学外にはいろいろあるということに改めて気づいた経験でした。

ファシリテーター

学内で支援体制を充実させていく努力は欠かせませんが、学外に情報を求めていく姿勢も同じように重要ではないでしょうか。大学間でも、障害学生支援に関する連絡協議会が、各地域、または全国規模でも運営されていて、中には大学からの個別相談を受け付けているところもあります。そうしたネットワークには、支援のノウハウや事例、法律や制度についての資料や情報、また支援に関する考え方(スタンダード)などが蓄積されていきます。Aさんが言われるように、それらをうまく活用していくことが、支援充実のための鍵になりそうです。就職関係や医療など、他の社会資源についても同様でしょう。

私立大学職員Cさん

本学はこれから体制整備をするところで、学内の意識もまだ高まっていない状況なので、学外機関との連携に消極的な雰囲気があります。

私立大学コーディネーターBさん

急に組織的な関わりを持つのは難しいかもしれませんが、まずは他大学の担当者と交流するところから始めてはどうでしょうか。私の地域では、年に数回、障害学生支援担当者同士の情報交換の場が設けられているので、その場でお知り合いになった方と、その後もメールでちょっとした相談や情報交換ができています。そうしたコミュニティに加わるだけでも人脈ができて視野が広がり、学内に持ち帰れるものがたくさんあると思います。

ファシリテーター

今は、新型コロナウイルス感染症流行の影響で、実際に集まって交流することが難しい状況ですが、だからこそ、メールやウェブサイトで得られる情報やオンラインで学外とつながれる機会を大事にして、積極的に外に情報や出会いを求めていくことが大切です。

支援者の確保と大学・機関間連携

ファシリテーター

大学間ネットワークの話題が出ましたが、他大学とのつながりは、支援担当教職員だけでなく、実際の支援を担当する人材の確保や育成にも有効なのではないでしょうか。

私立大学職員Cさん

本学は学生数が少ないため、学内で募集をかけて一定数のノートテイカーを養成するのは、簡単ではなさそうです。人材豊富な他大学からノートテイカーの派遣をしてもらえるしくみがあったらいいのですが。

国立大学教員Aさん

支援学生のシェアについては、実は以前、お隣の大学と試みたことがあったんですが、時間割の時間設定が違う、謝金基準が違うといった問題を始めとして、現地で支援する場合の交通費の保障や移動時の保険、遠隔支援の場合は授業資料のやり取りや通信不通時のバックアップ体制を整える必要がある、など調整すべきことが山ほどあったんです。支援学生がたくさんいても、大学を超えてコーディネートできる担当者や体制がなければ運用は難しく、もう少し長期的な視点で取り組む問題だと実感しました。そんなわけで、組織的な支援学生のシェアはまだできていないのですが、隣の大学とはそれをきっかけに養成講座を共同開催するようになり、現在も続いています。一方の大学が支援者不足で体力がないときも、隣の大学の上級生テイカーが指導に来てくれたり支援上の悩みを聞いてくれたりして、支援コミュニティの維持には大いに役立っています。

私立大学コーディネーターBさん

本学も、別の大学から依頼を受けて、支援学生が交流を兼ねて講習会のお手伝いをしたことがありました。とてもよい機会でしたが、支援学生の状況は年によって波があって、安定して人材を確保できるか不安は尽きません。他大学をサポートするほど余裕がない時もあります。ノートテイクの指導を大学の正規授業の中で行なっているところがあるようですが、それなら支援活動が根づきそうで、うらやましいと思いました。

ファシリテーター

障害に関する知識やサポート方法、あるいは手話や手話通訳技術の指導を授業で扱う例もあります。ただ、授業であっても履修者の変動はあり、支援者コミュニティを維持する努力が必要なことに変わりはないかもしれません。とはいえ、障害についての基本的な知識を持つ学生が増えれば、仮にノートテイカーにならなくても、学内でふとした時に声を掛けたり手を貸したりできる、社会に出てからも障害者支援の視点を持って働ける、そんな広い意味での人材養成につながっていくと言えるでしょう。

私立大学職員Cさん

支援を担う人材は、やはり学内の学生が中心ということなのでしょうか。

私立大学コーディネーターBさん

本学ではなく、別の大学の例ですが、カリキュラムが詰まっていて学生が空き時間に支援活動をすることが難しいので、パソコンノートテイクを学外の団体に依頼しているケースがありました。もちろん費用は発生しますが、必要な予算をとって支援の人材を確保するという選択肢もあるのだなと思いました。

国立大学教員Aさん

大学行事のときに、地域の派遣センターに手話通訳を依頼したことがありますが、授業の支援で学外の人材を頼るのは難しい印象があります。人材確保が比較的しやすい地域でも、授業の支援を学外の人材に担当してもらうのはハードルが高いのではないでしょうか。

ファシリテーター

授業での情報保障支援は定期的、継続的に必要になりますし、通訳する情報自体が学術的な内容になるので、地域生活の支援を中心とする派遣センター等では対応が難しいと言われることもあるでしょう。仮に支援者の派遣が可能であったとしても、大学の授業や研究発表の情報保障を担っていただき、その質を担保するためには、事前資料の提供や事前打合せ、研修等が必要で、派遣センターと大学とでこまめな情報交換を行なうなど、長期的で細やかなコーディネートが欠かせません。学外に人材を求める場合も、支援の主体はあくまで大学です。時間をかけて学外機関と協力関係を築くことが必要で、それを担うことができる支援担当者の存在が、やはり重要になるでしょう。


ファシリテーター

いかがでしたでしょうか。障害学生支援に欠かせない人材の確保や養成は、多くの大学等にとって継続的な課題だと思われます。どのような人材を求めればよいのか、その雇用形態をどのように考えるか、また学内の人材だけでは対応が難しい場合に活用できる学外資源とは、といった視点で検討してきました。本コラムが、各大学等での人材の確保、養成の一助となれば幸いです。

参考情報

ご意見募集

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メールアドレス:tokubetsushien【@】jasso.go.jp
(メール送付の際は、@の前後の【】を削除してお送りください)次回予告
第22回「配慮対象への理解」は10月30日公表予定です。

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