第5回 安全配慮と権利の制限について

一緒に考えよう!合理的配慮の提供とは

「障害者差別解消法」施行に伴い、全ての大学等についても、不当な差別的取扱いが禁止され、合理的配慮の提供が求められています。では、どんなことが不当な差別的取扱いにあたるのか、合理的配慮とは何なのか、その基本的な考え方について、わかりやすく解説します。

第5回安全配慮と権利の制限について

講師

第5回は、安全配慮と権利の制限について考えます。障害のある学生が参加したら「危険かもしれない」といった判断によって、他の学生と同等の機会が提供されないという話をときどき耳にします。大学等にとって、安全配慮義務は重要な問題ですが、それを重視するあまりに、「危険かもしれない」という抽象的な理由(抽象的な不安、おそれ)によって、障害のある学生の参加の機会を、不必要に制限したり奪ったりしていないでしょうか 。

検討課題

  • 授業における安全配慮
  • 学生生活における安全配慮
  • 学外活動における安全配慮

授業における安全配慮

よく話題に挙がるのは、体育実技や実験への参加の問題です。例えば、視覚障害や肢体不自由、病弱・虚弱等の学生から「体育実技に参加したい」という希望があった場合、皆さんの学校では、どんな対応をされているでしょうか。よく聞くケースとしては、他の学生と一緒に実技を行なうのは危険だという判断から、見学だけさせる、レポート提出で代替するというものです。ここで問題になるのは、ただ、「何か事故があっては困る」という心配から、「参加させられない」という判断をしていないか、その学生が体育実技に参加するためにできる配慮について、十分で具体的な検討が行なわれたのか、ということです。他の学生と同等の機会を提供できないと判断するためには、抽象的な理由(抽象的な不安、おそれ)ではなく、「この学生のこういう状況には○○の危険があり、□□といった理由で、それを回避できる方法がない」といった具体的な理由が必要になります。

なお、体育実技への参加に関する配慮としては、アダプテッド・スポーツやパラ・スポーツ(※)のクラスを用意している、特別クラスはなくても様々な工夫によって可能な範囲で参加できるようにしているという学校もあり、配慮次第では、全てではなくとも実技に参加できる可能性のあるケースも多いようです。

実験等への参加についても同様です。「薬品を使うから危険」「車椅子で実験器具は扱えないだろう」といった抽象的な理由で参加させないのではなく、どうしたら安全に参加できるかを前提に、TAを配置して実験を補助する(TAが代わりに実施するのではなく、障害のある学生が主体的に手順を指示することで、補助者を使って学生が主体的に実験が実施できるようになることを目指して学ぶ機会を保障します)、手順を口頭ではなく文書にして説明を明確化する、車椅子でも扱えるように実験器具や実験室の配置を変更する等、多くの学校で様々な工夫が行なわれています。このように、その学生の個別の状態に合わせて、具体的に配慮を検討することが必要です。また、支援者を配置する場合には、支援者のボランティア活動保険への加入などを行なっている学校もあります。こうした具体的な検討をした上で、どうしても避けられない危険があるとなってはじめて、同等の機会が提供できない合理的な理由になると考えましょう。

こうした対応をするためには、学部全体や授業担当教員の理解も欠かせない要素になります。同等の機会の提供が大学等の責務であること、個々の学生については、それぞれの授業への参加のための様々な配慮が考えられること等、学生本人や授業担当者を交えて検討しながら、理解を深めていくことも重要です。

学生生活における安全配慮

授業以外の場面でも、危険に関する抽象的な理由(抽象的な不安、おそれ)により、障害のある学生の参加の機会を制限したり奪ったりしているケースはないでしょうか。例えば、食物アレルギーのある学生の宿泊研修への参加、肢体不自由の学生のフィールドワークへの参加等、なんらかの配慮を行なうことで参加が可能になるケースもあると思われます。いずれのケースでも「事故があったら困るから参加させられない」ではなく、どう配慮したら参加できるかを、まず検討することが必要です。

また、てんかん、失神発作、アレルギー、低血糖等による体調急変や、パニック発作を起こす可能性がある学生への初期対応についてはどうでしょう。よく聞くのは、教職員に初期対応をお願いしても「医療従事者ではないので無理、責任が取れない」という回答が返ってくるというものです。しかし、学内で発作等を起こした場合には、身近にいる教職員が初期対応をせざるを得ません。こうした場合にあるべき安全配慮とは、個々の学生の症状や必要な対応についての情報を本人との合意形成の上、必要かつ適切な範囲で共有し、できる範囲での対応についても、本人を交えてマニュアル等を作成して共有することです。

学外活動における安全配慮

学外実習、海外研修、留学といった学外活動においては、特に安全配慮義務の問題が重視されるのではないでしょうか。例えば、医療や福祉、教育といった分野の学外実習では、学生本人だけでなく、対象となる患者、施設利用者、児童、生徒の安全にも配慮をする必要があり、実習先の機関の安全配慮義務にも関わってくる問題です。報告された事例の中には、実習先に、想定される危険やトラブルについて大学等の責任を明記した文書を渡している、当該学生の実技について模擬実習のビデオを作製して見てもらっている、当該学生が教員として児童の危機管理にどう対応するかについての資料を作成して実習先に渡している等、様々な工夫が見受けられます。いずれも、ただ「危険だから参加させられない」で終わらせることなく、参加できるようにするための配慮について、具体的に検討をした結果として出てきた工夫です。学生が研修等に参加を希望したり、実習等に参加する際に、障害の有無にかかわらず、「参加する学生が満たしておく必要があると考えられる基準」をあらかじめ考えておくと、曖昧で抽象的な理由(抽象的な不安、おそれ)で学生を排除してしまう可能性を低くすることに役立ちます。また、障害のある学生が研修や実習に参加する際も、学びの本質を損なわずに、どのような合理的配慮を行なうべきかを考えたり、学生本人と相談するきっかけや手助けにもなります。安易に危険を理由として排除することは、不当な差別的取り扱いになることがあります。それが正当な理由であることを学生に示す責務は、大学にあります。上記のような基準は、学生に示すことができる形で用意しておき、望ましい配慮のあり方について公平な対話ができるように、備えておくとよいでしょう。

また、海外研修や留学については、長期間、国外で生活することを含めての検討となりますから、想定される危険も多岐にわたることでしょう。1年かけて学生との対話を重ねながら、本人も大学も様々な準備をして送り出した事例もありますが、学内協議で「参加させられない」とした事例もあります。どう配慮しても難しいケースもあるでしょうが、十分な検討が行なわれることなく、参加できなかった学生もいるのではないでしょうか。

一方で、報告された中には、当該学生の安全のために専任の介助者を同行させることを決めたが、本人は「自分は一人でも行動できる」として納得せず、結果的には本人が参加を辞退したという事例もありました。専任の介助者が本当に必要だったかどうかは、本人の状態や留学先の状況にもよるので明らかではありませんが、大学としては心配なので、できる限りの配慮を提案したのでしょう。大学の判断と当該学生の認識の間に乖離があった事例です。大学がどういう危惧のもとに専任介助者の配置を決めたのかについて、具体的で丁寧な説明ができ、学生にとってもそれが納得のいくものであったら、結果は違ったかもしれません。必ずしも、両者にとって納得のいく結論が出るとは限りませんが、ここでも建設的対話を積み重ねていくことが重要だといえるでしょう。

また、留学での支援については、配慮や支援の提供のために必要となる金銭的なコストの負担を、誰がどのように行なうのかについても必ず議論になります。留学生も自国の学生と同じように、分け隔てなく合理的配慮やその他の支援を提供してくれる国(または大学)もあれば、そうでない国(または大学)もあります。実際には個々のケースで、様々な資源を寄せ集めて、望ましい配慮の状況に一歩でも近づけるように、本人を中心とした相談や調整が必要です。しかし、障害の有無にかかわらず公平な参加機会を保障するという社会的な役割を大学が果たすためには、コスト負担の議論が起こったときに、自校がどこまでコストを担保できるかについて、担保できる幅を広げる工夫を学内で考えておいて、障害のある学生の選択肢を広げる工夫をしておくこともまた、必要です。


講師

いかがだったでしょうか。授業や学生生活、学外活動等、安全配慮義務は、さまざまな場面でついてまわる問題ですが、「同等の機会」の提供も、大学等に義務付けられた責務です。根拠の明確でない抽象的な不安や懸念だけで、障害学生の参加の機会を制限したり奪ったりすることなく、参加を前提として、配慮内容等についての十分な検討を行なった上で、配慮の提供、あるいは代替措置の検討を行なう必要があるということを、改めてご確認いただけましたら幸いです。

以上の点について、詳細は、以下の「紛争の防止・解決等のための基礎知識(1)大学等における基本的な考え方」でも解説していますので、ご参照ください。

※障害者スポーツを総称する呼び方として、「アダプテッド・スポーツ」や「パラ・スポーツ」という名称があります。障害者スポーツには様々なものがありますが、障害種ごとに独自の発達を遂げてきたため、例えば、パラリンピックには聴覚障害者の競技はなく、聴覚障害者スポーツの大会としては別にデフリンピックがある等、その状況も様々です。また、日本体育学会は、アダプテッド・スポーツとは「ルールや⽤具を障害の種類や程度に適合(adapt)することによって、障害のある⼈はもちろんのこと、幼児から⾼齢者、体⼒の低い⼈であっても参加することができるスポーツを⾔います。このアダプテッド・スポーツという概念は、障害のある⼈がスポーツを楽しむためには、その⼈⾃⾝と、その⼈を取り巻く⼈々や環境を問題として取り上げ、両者を統合したシステムづくりこそが⼤切であるという考え⽅に基づくものです。」と解説しています。

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