第22回 学生の多様なニーズと配慮

「障害者差別解消法」施行に伴い、増加が懸念される紛争を防止・解決するために、大学等はどのような対応をしていけば良いのか、障害学生支援部署が果たすべき役割とは何か、架空の講座やワークショップの中で、様々な課題や解決方法について紹介していきます。なお、ここで紹介する事例は、大学等の対応を検討する上で必要な要素を盛り込むために、よくある状況や対応を想定して創作したものです。あくまでも架空の事例であり、ある特定の事例に基づくものではありません。

第22回 学生の多様なニーズと配慮

ファシリテーター

ファシリテーター:第22回は、診断名だけでは見えない学生の多様なニーズと配慮について、さまざまなケースを取り上げながら考えます。 このテーマでは、私からの問題提起をもとに、障害学生支援の実務担当者が意見交換するワークショップ形式で検討します。参加者は、大学等の支援担当者です。



検討課題

  • 診断名だけでは見えない学生の多様なニーズ
  • 配慮の対象

参加者紹介

W大学(通学制)Aさん

X大学(通学制)Bさん

Y大学(通信制)Cさん

Z大学(通学制)Dさん

診断名だけでは見えない学生の多様なニーズ

ファシリテーター

これまでのワークショップでは、主に医学的な診断に基づいて学生の機能障害を考えてきました。ですが、実際に大学等の教職員が関わる学生にはより多様なニーズがあると思います。ここでは、診断名だけでは見えない学生のニーズについて、みなさんの経験や意見をお聞きしたいと思います。また、ここで扱うテーマは、全国的にコンセンサスが得られているものではまだありません。意見交換をしながら、どのように対応すれば良いか考える機会にしましょう。

W大学(通学制)Aさん

診断名だけでは見えないニーズということで、精神障害のある学生への対応について、これで良かったのか皆さんにお聞きしたいです。
双極性障害の診断のある学生が合理的配慮の申し出をしてきたのですが、学期の途中で授業への出席に関して配慮してほしい、という希望がありました。実際にこの学生は障害の性質上、1日の中でも週によっても障害の状態がかなり変動する傾向があるので、特に問題なく出席できている時もあれば、急に動けなくなってしまい家から出られなくなることもありました。実は学期のはじめは、とても調子が良くて、主治医からも通学可能だと言われていて、「この調子なら問題なく授業に出られそうです」と本人は言っていました。でも、授業がはじまり、学期の中頃になると少しずつ動けなくなってきてしまいました。この時には、「原則的に配慮申請は学期はじめに行なうことと決まっているので、途中からの配慮申請や変更は認められない」という決定をして、学生に伝えました。ですが、その後、学生は大学にまったく来られなくなり、今は退学するかどうかを考えている、という状況です。このような学生と関わるのは初めてだったので、みなさんであればどのように対応するのか、ぜひ聞いてみたいです。

X大学(通学制)Bさん

学期の途中で調子が悪くなるっていうのは、別に、障害学生に限ったことではないように思います。双極性障害とは言っても、主治医からは通学の許可も出ていますし、出席について配慮しなかったのは、良い対応ではないでしょうか。なかなか、配慮を断るという決断をするのも難しいことだとは思うので、よく決断された!と思って聞いていました。通学制の大学だと、そもそも大学に通うことが前提なので、出席に関する配慮って、教育の本質を曲げた配慮なんだと思います。

Y大学(通信制)Cさん

私たちの大学は通信制大学なのですが、似たような学生がいました。発達障害の傾向のある学生で、その時は授業に全く来られないっていうわけではなくて、「グループワーク」が精神的負担になって、スクーリングに出席することが難しい状況でした。特に英語の授業はネイティブの先生が積極的にグループワークをすることが、アクティブラーニングを押し進めている、うちの大学のウリでもあって……。でも、発達障害でコミュニケーションが苦手というのは障害の診断名を考えても納得できたので、この時には「グループワーク」の出席を個別課題に代替する配慮をしました。結果的に、その学生は問題なく課題をこなせたのですが、後で他の学生から色々言われまして……。

X大学(通学制)Bさん

え!?グループワークが教育の本質なんだったら、それを曲げちゃダメですよね。これまで、そうやって研修でも聞いてきましたよ。いくら障害があるからと言っても、やるべきことはちゃんとやらないといけないですよ。個別課題に代替しても、それだとグループワークと同じ評価とは言えないと思いますし……。あと、発達障害の傾向って、発達障害にも自閉スペクトラム症や注意欠如・多動症など色々ありますよね。傾向だけで配慮していいんですか?

W大学(通学制)Aさん

Bさんの気持ちもよく分かります。でも、障害に関する診断書が出ていると、何も対応しないわけにもいかないように感じるんです。根拠資料としても使いますし、合理的配慮の申し出があるのに代替案もなく、断るだけで本当に適切なのかどうか迷っています。現に、日本学生支援機構さんの実態調査でも「出席に関する配慮」って結構な割合で他の学校でも行なわれていると聞きました。

E大学(通学制)Bさん

うーん、、、それはそうなんですけど……。出席について配慮しちゃうと、それって、うちの場合、もう通学制じゃなくなりますし……。

Z大学(通学制)Dさん

ここまで、みなさんの話を聞きながら、思ったことがあります。診断書を根拠に合理的配慮を検討しているんですけど、やっぱり診断名だけじゃ分からないニーズってあるんだと思っています。あとは、特に精神障害のある学生だと症状が時期によって変わることも多いので、診断だけだと分からないことも多くって……。私の大学だと、診断書とは別に精神症状に関する心理検査を行なったり、必要に応じて、学期の途中に主治医に意見書を求めたりして、なるべく症状の変化をつかみながら、学期の途中でも配慮内容を調整しています。出席に関する配慮は、授業によっても異なることが多いので、直接、1人1人の授業担当教員と話をして、どこまでだったら対応できるのか相談の上、対応しています。なかなか難しいですけど……。
あと、通信制や通学制の話題も出ていますけど、今、新型コロナウイルスが流行ってから、オンライン授業も通学制の大学で非常に増えていますよね。ますます、「出席」ってなんだろうって思うようになっています。

ファシリテーター

いろいろな話題が出ましたね。私もなかなか答えが見つけられないテーマですが、今までの話の論点をまとめると下記の内容になるのかと思います。




(1)診断名だけでは見えない学生のニーズについて

多くの大学等では医師の診断書を根拠資料として合理的配慮が行なわれていると思います。ですが、精神障害や内部障害のように症状の変動がある場合、あるいは「抑うつ傾向」「発達障害の傾向」など診断書の名称が不明瞭な場合もあります。ここで大切なのは「診断名では見えないニーズもありうること」に注目することです。もちろん、それは個人の主観ではなく、客観的に状況を把握する必要があります。例えば、身体障害のある学生でも、在学途中から精神状態が悪化することもあります。全てのニーズが診断名に表れているわけではないことに留意が必要です。文部科学省の「障害のある学生の修学支援に関する検討会報告」(第二次まとめ)では、標準化された心理検査等の結果、学内外の専門家の所見も根拠資料の例として挙げられています。診断名だけで機械的に考えるのではなく、学生からニーズを漏れなく聞いた上で、配慮が必要なニーズの存在を示す客観的な資料がないか取得を試みることが大切です。また、これらのニーズは時期により変化することも多いため、申請時だけではなく、適切なタイミングで継続的に確認をしていくことが重要です。

(2)出席等に関する配慮について

通学制や通信制など、大学等の教育課程によっても違いはありますが、「出席」に関する配慮は、各大学等で方針を確認しておくことが必要です。米国の大学では「Attendance Accommodation」のような名称で出席に関する配慮のポリシーを対外的に示している所もあります。例えば、どの程度までなら出席や課題の締め切りを柔軟に変更できるかについて、障害学生が各授業担当教員と誓約書を結ぶ、という大学もあるようです。発達障害のような先天的な障害ではなく、症状の可変性のある精神障害や内部障害などの学生での適用があるようですが、一律に「できる」「できない」という考え方ではなく、障害学生のニーズが多様であることを考慮して、個別に調整することが大切であると考えられます。特に、最近では通学制の大学等でもオンライン授業が行なわれるようになり、1つ1つの大学等で方針を改めて確認することが重要です。

配慮の対象

ファシリテーター

さて、ここまでは診断名だけでは見えない学生のニーズについて話題にしましたが、最近よく挙げられる「LGBT等」のように、障害としてみなすことが難しいニーズについても考えてみましょう。

W大学(通学制)Bさん

うちの大学はLGBT等の学生に対応するような専門的な窓口はないので、学生支援部署だということで、障害学生支援部署で対応することがあります。ただ、ICD-11(WHO「国際疾病分類」最新版)では、「性同一性障害」が「精神疾患」から外されました。そのため、LGBT等の性別違和を障害とは捉えない方向になっていると思います。そうすると、合理的配慮の対象にはならないのでしょうか。

Y大学(通信制)Cさん

私たちの大学ではあまり話題にならないんですけど、障害ではなくなるなら、障害者差別解消法で示す合理的配慮の対象にはならないのかなと思います。本人も「自分は障害者なのか」と誤解をしてしまうかもしれませんし……。

Z大学(通学制)Dさん

私のところには、ダイバーシティ推進室という部署があって、LGBT等の学生はそこで対応をすることになっています。そこでは「合理的配慮」という名称は使いませんが、使用するトイレのことや名簿の性別表記、着替えの場所など教育組織と相談しながら変更・調整することがあるようです。

W大学(通学制)Aさん

「性同一性障害」って精神疾患じゃなくなったんですね!?初めて聞きました。実は私たちの大学には「性同一性障害」という医師の診断書をもっている学生がいて、診断書があるので、Dさんの大学と同じような対応を障害学生支援部署で行なって、配慮依頼文書も出しています。それって、もうこれからはやらない方がいいんですかね?

ファシリテーター

LGBT等や性別違和など性に関する話題には立場もいろいろあることがわかりますね。ここで押さえておくべきポイントも、先ほどと同じく「診断名では見えないニーズもありうること」に注目することです。たしかに、ICD-11で性同一性障害は精神疾患から外されましたが、それ以前に「性同一性障害」として診断書が発行されている方もいますね。また、LGBT等に関する相談部署がある大学や、そうではなくて障害学生支援室で対応する大学など、大学等の所管の違いも出てくるようです。また、障害者差別解消法の中には障害者の性別、年齢等も考慮することが記載されています。障害ではないから大学として対応しないということでは、これらの多様なニーズを無視してしまうことになります。多様な性を理解することは障害学生支援担当者に限らず必要ですし、「合理的配慮」という名称を使うかどうか、障害学生支援として行なうかは別として、大学として何らかの環境調整が必要であることを認識しておくと良いでしょう。


ファシリテーター

いかがでしたでしょうか。医師の診断は障害の有無を考えるために、わかりやすい資料の1つではありますが、ここまでの議論であったように診断名だけでは見えない学生の多様なニーズを理解して、大学として適切な対応をしていくことが重要であることをお伝えしてきました。ただ、メンタルヘルスや性別違和のある学生への対応については、まだ十分にコンセンサスが得られているものではありません。障害に関する考え方が変更されることもありますし、人に固定的な障害が内在し、その障害によって決まった困難が生じるという考え方から、人の多様な機能や症状と社会の様々な障壁(バリア)との関係の中で、その人に種々の困難さがもたらされるという考え方へ、さらに、困難さを解消するためにその障壁を除去していくことを重視するという考え方への転換が、今後は一層求められることになります。障害学生支援担当者は、日々更新されるこれらのトピックについて、情報収集や知識の研鑽、学内における対応方針を考えることが必要になるでしょう。


参考情報

  • 「個⼈の経験する性(gender)と割り当てられた性別(sex)の顕著かつ持続的な不⼀致によって特徴づけられる。ジェンダーの多様な振る舞いや好みだけでは、このグループとして診断名を割り当てる根拠にはならない」

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次回予告

第23回「合理的配慮のモニタリングと調整(1)」は1月27日公表予定です。

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