こんなときどうする?障害学生支援部署の役割
「障害者差別解消法」施行に伴い、増加が懸念される紛争を防止・解決するために、大学等はどのような対応をしていけば良いのか、障害学生支援部署が果たすべき役割とは何か、架空の講座やワークショップの中で、様々な課題や解決方法について紹介していきます。なお、ここで紹介する事例は、大学等の対応を検討する上で必要な要素を盛り込むために、よくある状況や対応を想定して創作したものです。あくまでも架空の事例であり、ある特定の事例に基づくものではありません。
第17回 メンタルヘルスと合理的配慮
講師 |
大学等において障害のある学生の合理的配慮を検討・実施する際、メンタルヘルスとの関係性やバランスを意識する必要があるケースがあるでしょう。ただし、このようなケースの課題解決にあたっては、メンタルヘルス及び合理的配慮の双方への適切な理解が不可欠であるため、担当者個人又は担当部署のみで解決することは難しい場合があります。また、メンタルヘルスといっても、大学等においてその言葉が指す意味は小さくありません。さらに、合理的配慮についても個人の状況や環境的要因によって、その判断や実施内容には様々な選択肢があるでしょう。このような状況から、本テーマについて画一的な理解やノウハウを示すことは難しいため、今回はこのようなケースに対する考え方を整理するというコラムにしたいと思います。
検討課題
- 合理的配慮とメンタルヘルスの関係性
- 学内の支援部門、学外機関との連携
参加者紹介
講師 |
国立の総合大学 支援部署有り(5年以上)
質問者 Aさん |
国立の総合大学 支援部署有り(3年未満)
質問者 Bさん |
私立の中規模大学 支援部署有り
質問者 Cさん |
私立の小規模大学 支援部署無し
精神障害のある学生の合理的配慮をどのように考えれば良いか
Aさん |
支援部署を設置して数年経ちましたが、この間でメンタルヘルスにも関連するようなケースが増えてきていて、どのように対応すれば良いか困っています。具体的には、教員から「学生が何らかの精神的な不調をかかえていて、授業に出てこない、または研究室に出てこないので、何か配慮をしたほうが良いのではないか」というような質問が目立っています。
Bさん |
私の大学でも同じようなケースがあります。もちろん、精神障害のある学生に対しても合理的配慮が必要であることは理解しているのですが、実際にはそのような学生が本当に合理的配慮の対象になるのかどうかがわからないところもあります。
講師 |
おっしゃるとおり、精神障害のある学生でも合理的配慮の対象になる場合はあると思いますし、私の大学でも実際にそのようなケースが複数あります。このようなケースに対応する場合は、もちろんメンタルヘルスに関する知識なども必要なのですが、今一度、合理的配慮とは何かということを整理しておくことが必要になるように思います。合理的配慮とは、個人のもつ特性といえる心身等の機能上の障害への配慮というより、社会的な障壁、つまり大学等でいえば、教育・研究上の環境的な要因も関係して生じている障害の除去・軽減のアプローチであるといえます。また、このようなアプローチについては、学生の意思表明やその根拠を確認しながら進めていくということも手続き上の前提となるでしょう。
Aさん |
そうなると、私が質問したような「教員からのニーズ」は相談の対象にならないということでしょうか?
講師 |
学生からの意思の表明があるというのが一番スムーズだと思いますが、ケースによってはそのプロセスが出発点にならないということもあるかと思います。大学組織や教職員としては、学生に対して意思表明の働きかけをすることも重要になりますので、専門部署としては「教員からのニーズ」から「どのように学生に働きかけていくのか」ということを相談の対象にする必要があるでしょう。
Bさん |
それでは、学生の意思表明が確認できたとして、根拠資料がない場合、つまり不調の原因がよくわからない場合などは、どのように合理的配慮を考えれば良いでしょうか?
講師 |
ケースによってアプローチが異なると思いますが、いずれにしても、その学生が不調であるという状況について、然るべき対応をすることが前提になるのではないかと思います。どのような担当者が専門部署にいるのか、また、専門部署にどのような機能があるのかによって異なると思いますが、やはり何の手がかりもない状況や学生本人も自分の状況をしっかりと自覚できていないというような状況である場合は、医療機関等でのご相談が必要になるかと思います。その上で、学生本人の状況について一定の手がかりができるでしょうし、その情報と学生の周囲の環境的な要因を考えながら合理的配慮を検討することになるかと思います。学内に保健管理部署があり、その部署に医師等が配置されている場合などは、重要な連携先になると思います。
Cさん |
私の大学は小規模で、保健室はありますが医師はいません。このような場合は、やはり学外の医療機関と連携するということになるのでしょうか?
講師 |
これもケースによって異なる部分があると思いますが、必ずしも医師だけが連携相手ではないと思います。学生の状況によっては、看護師や保健師、また、その他にも心理カウンセラー等が連携相手になる場合があると思います。いずれにしても、画一的な方法を考えるのは難しいと思いますので、学生とも相談しながら進めていくことが大切になるでしょう。ただし、学生の状況によっては、抱えている不調によるリスクや治療可能性について、想定しておく必要があると思います。この点のバランスが難しいところですね。
Aさん |
実際にそういう意見もあります。精神的な不調がある場合、合理的配慮以前にまずはその学生の治療を優先すべきではないかという意見です。
Bさん |
私の大学でも同じような意見があります。私自身も学生のためを思って、どのように考えればよいか迷う部分でもあります。もちろん合理的配慮は前向きに検討したいのですが、それ自体が学生に無理をさせてしまうようなことにならないか心配です。
講師 |
この点については、こうすれば良いという言い方は難しいですね。ただ、やはり難しいケースであればあるほど、合理的配慮は何かということや、そのことを通じて学生と繰り返し対話し、学生の意向を尊重しながら、さらに必要に応じて連携相手とも相談して、方針を検討していくことが必要だと思います。ケースによっては、合理的配慮より優先すべき事があるかもしれませんが、それも学生との対話で方針を考えていくことが重要だと思います。
精神障害のある学生に合理的配慮を構築しているが、精神的な不調により、そもそも出席がままならないケースへの対応
講師 |
合理的配慮による権利保障とメンタルヘルスにおける治療等の可能性については、その考え方や対応のバランスが課題になると思います。一方で、大学として何をどこまでするべきかという点についても、対応に迷うケースがあると思いますが、いかがでしょうか?
Bさん |
確かに難しいです。私の大学で双極性障害の学生を支援しているのですが、なかなかうまく対応できていないと思います。具体的には、本人の精神的な波を理解してもらうことを担当教員に依頼しているというケースなのですが、そもそも学生が全然大学に出てくることが出来ないので、担当教員から具体的にはどうすれば良いかとたずねられています。
講師 |
環境的な要因も関連して、学生本人の不調が誘発されているとすれば、それについては合理的配慮によって出来る限り改善することが望ましいと思います。もちろん、授業等の本質に関連する場合は、それを変更することは難しいかもしれませんが、本質に到達するための方法を合理的配慮によって変更・調整していくことは必要です。一方で、欠席についてどこまで配慮するべきかということも、よく課題になることかと思います。通学課程の場合、大学で授業に出るということが前提になっているわけで、通学や出席そのものが難しいという場合にどのように対応出来るかということが課題になりやすいですね。ただし、一定の根拠が確認できて、さらに本質を損なわない代替措置などが検討できるとすれば、そのような合理的配慮を提供することに対して消極的になってはいけないと思います。
Cさん |
私の大学でも同じようなケースがあって、学生本人としては出席の配慮をしてほしいと言っているのですが、何回まで休んで良いのかということの判断が難しいです。そもそも、大学全体のルールとして欠席は3回までとなっているので、合理的配慮によってその回数を増やすことができるのかというところもよくわかりません。
講師 |
このケースに限らず、合理的配慮を実施する上で、そもそも大学が慣例として課しているルールそのものの本質を再検討するという段階が生じるかもしれません。仮に慣例として出欠の要件があるとすれば、それは教育上の本質とも齟齬が生じている可能性もあるわけなので、まずはその点について確認が必要になるでしょう。また、仮にその慣例に本質要件を満たすための妥当性があるとすれば、それはルールとして問題ないと思いますが、ただこのようなニーズのある学生が合理的配慮の提供対象にならないということではありません。学生とも対話しながら、出席に関わる合理的配慮や教育上妥当で且つ学生の意向も尊重できるような代替措置について相談していくことも大切です。
Aさん |
理念と方法については理解できましたが、例えば、そのような措置をすることが学生が履修する全ての科目で必要となった場合は、対応のコストは小さくありません。この場合、過重な負担と考えられてしまう可能性はないでしょうか?
講師 |
もちろん、妥当な判断やプロセスに基づいた上で、過重な負担になるのではないかという意見があるのであれば、やはりそのことも含めて対話していく必要があると思いますが、現時点においては、まだ十分に理解やノウハウが積み重なっているとはいえない状況だと思っています。私の大学でも色々なケースがありますが、現時点においては、やはり個々のケースに対して丁寧に関わっていくしかないという印象も持っています。いずれにしても、画一的な対応にならないようにということは心がける必要があるのではないでしょうか。
講師 |
今回のコラムでは、メンタルヘルスと合理的配慮というテーマに対して、課題として生じやすい話題を取り上げて、その論点を整理する機会としました。ただ、最初にも述べたとおり、今回のテーマは学生個人の状態や環境要因など、ケースごとに大きく判断や対応が分かれることになるでしょう。また、障害学生支援という言葉が各大学等においてどのような意味をもつのかという観点にも関わってくる部分があります。具体的にいえば、障害学生支援=合理的配慮なのか、障害学生支援が合理的配慮以外の相談・支援をどの程度含むのかという観点です。この点については、現時点で何かルールがあるわけではないので、各大学等において検討することが求められる部分になると思います。そういう意味においては、「メンタルヘルスと合理的配慮との関係をどのように考えるのか」にとどまらず、「障害学生支援においてメンタルヘルスの課題が生じたことをきっかけに、合理的配慮のシステムや機能を再検討する」ということが必要になるのではないでしょうか。
参考情報
- 日本学生支援機構_合理的配慮ハンドブック_精神障害
- 高等教育アクセシビリティプラットフォーム(HEAP)_相談事業Q&A
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次回予告
第18回「事前的改善措置」は2月5日公表予定です。
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