第20回 障害のある留学生、障害のある学生の海外留学

こんなときどうする?障害学生支援部署の役割

「障害者差別解消法」施行に伴い、増加が懸念される紛争を防止・解決するために、大学等はどのような対応をしていけば良いのか、障害学生支援部署が果たすべき役割とは何か、架空の講座やワークショップの中で、様々な課題や解決方法について紹介していきます。なお、ここで紹介する事例は、大学等の対応を検討する上で必要な要素を盛り込むために、よくある状況や対応を想定して創作したものです。あくまでも架空の事例であり、ある特定の事例に基づくものではありません。

第20回 障害のある留学生、障害のある学生の海外留学

講師
(国立の大規模大学)

海外から障害のある留学生を受け入れる場合、障害に対する配慮等に加えて、言語や文化の違いも相談・支援の方法や内容などに影響がある場合があるでしょう。また、大学等における障害学生支援の状況は国によっても異なるため、対象となる学生像も多様であり、画一的な方法論では対応が難しい場合もあります。また、学内に在籍する障害のある学生が海外留学する場合、留学先である海外の大学等との連携など、どのような準備や具体的な支援が可能になるのかについて、現状では課題は少なくないでしょう。今回のコラムでは、障害のある留学生への支援や障害のある学生の海外留学について、支援担当部署が果たすべき役割を考えるとともに、支援のスタンスや学内外の連携のあり方を考える機会にしたいと思います。

検討課題

  • 障害のある留学生への支援
  • 障害のある学生の海外留学

参加者紹介

国立の中規模大学Aさん

私立の大規模大学Bさん

私立の小規模大学Cさん

障害のある留学生への支援

講師(国立の大規模大学)

大学等における障害のある学生への支援について、その必要性についての認識は随分広まってきたかと思います。このような中で留学生に関するトピックスも少しずつ聞かれるようになりましたね。

国立の中規模大学Aさん

本学では、数年前にはじめて障害のある留学生を受け入れることになりました。その時は、車椅子を利用している方で、基本的には大学生活のほとんどをご自身で対応可能な方だったのですが、課題になったのは住居のことでした。留学生用の宿舎にはバリアフリー対応の部屋がなく、大学の近隣で下宿を探すことになったのですが、車椅子を利用していたことに加えて、学生、且つ留学生であるということで、なかなか下宿先が決まりませんでした。最終的には、大学生協や留学生部署、そして地域の不動産屋も一緒になって下宿先が決まったということがありました。

講師(国立の大規模大学)

なるほど。確かに下宿探しは簡単にいかないこともあるでしょうね。本学でも同様のケースを経験したことがありますが、留学生の場合、長期的に部屋を借りずに短期間で母国に帰ってしまう場合もあるので、その点でも下宿先を見つけにくいということがありますね。留学生に限ったことではありませんが、大学等の寮や宿舎にはバリアフリールームなども用意されていると良いですね。ちなみに、授業等では特に対応の必要はなかったのですか?

国立の中規模大学Aさん

そうですね。受講する授業の教室を変更したり、専用の昇降机を用意するということはありましたが、この点については留学生だからという理由で困ることはありませんでした。同様のニーズがある日本人の学生と同じ対応で十分だったと思います。一方、留学生を対象としたイベントや行事のようなものでは少し対応が必要でしたが、このあたりは留学生部署や留学生のコミュニティをうまく活用していましたね。

私立の大規模大学Bさん

本学では、多くの留学生を受け入れていますが、これまでは障害のある留学生はいませんでした。ただ、今度、交換留学の協定校から「SLDの学生が留学したいと言っている。対応は可能か。」という連絡がありました。実は本学では、日本人でもSLDの学生に対応した経験がなく、どのように対応すれば良いか悩んでいます。

講師(国立の大規模大学)

確かに日本の現状では、SLDの学生はそれほど多くないとされており、発達障害のなかではASDの割合が高いというのが現状です。ただ、欧米では必ずしも日本と同じではなく、SLDやADHDの割合のほうが高くなっています。これには様々な要因が考えられますが、まずはこの事実を知っておく必要があるでしょう。また、このような状況があるため、日本の多くの大学等においてはSLDの学生に対する支援について、まだ十分なノウハウが無いという状況だと思います。一方、欧米の大学ではSLDの学生に対しても支援が行われているので、留学生としてこのような学生が日本にやってくるというのも当然の流れだと思います。

私立の大規模大学Bさん

なるほど。確かに、その留学生の母校からは、ある意味で淡々と支援を求めてくるような連絡が届いており、根拠資料や具体的な支援の記録なども提供されました。言語や文化の違いだけでなく、障害学生支援の状況についても国によって違いがあるということですね。ただ、正直なところ、そのようなニーズに十分に応えられるか不安もあります。

私立の小規模大学Cさん

本学には留学生対象の語学コースがありますが、このコースで聴覚障害のある留学生を受け入れたことがあります。確かに大変なこともありましたが、留学生自身が明確な支援のニーズをもっていたので、とにかく一つずつ一緒に課題解決をしていったという印象です。ただ、そうは言ってもネイティブの学生に対する情報保障支援は難しかったですね。最終的には、大学全体で語学が堪能な日本人の学生を探してサポーターになってもらいました。

講師(国立の大規模大学)

支援に関しても文化的な違いはあると思いますが、大学等において合理的配慮を提供するというスタンス・責任には違いはないと思います。言語的なハードルもあるかと思いますが、留学生部署などとも連携して、留学生や授業担当教員などと対話を繰り返していく。このような対話をきっかけに可能な範囲から支援を進めていくということが大切だと思います。

国立の中規模大学Aさん

やはり、留学生であっても合理的配慮を提供する対象になるということなのですね。

講師(国立の大規模大学)

はい、そうなると思います。短期間なのか長期間なのか、又は私費留学なのか国費留学なのかなど、様々な状況があると思いますが、その教育機関が主体的に(責任の範囲で)留学生を受け入れている場合は、障害のある留学生への合理的配慮の提供はその機関の役割になると思います。ただ、周辺的な課題については、どの程度大学等で対応できるか調整が必要になることがあるでしょう。例えば、投薬等の治療で医療機関の受診が必要になるような場合やメンタルヘルスの課題があるような場合は、母国で受けている治療やケアが日本でそのまま受けられるとは限りません。このようなニーズがある場合は、事前に十分連絡をとる必要があると思いますが、障害学生支援の部署では言語的・文化的な要素への配慮が行き届かない場合もあると思います。場合によっては、留学に関する部署や受入学部等とも連携して、受入体制を整えていくことが必要になるでしょう。

障害のある学生の海外留学

私立の大規模大学Bさん

私の大学では、障害のある学生の海外留学が課題になることがありました。車椅子を利用している学生が留学する場合は、比較的スムーズに話が進んだのですが、メンタルヘルスの課題がある学生の留学にあたっては、学生の所属学部とも少し調整が必要でした。学部としては、メンタルヘルス上のリスクがあり、受け入れ先の大学との関係性を気にされていたという例です。

私立の小規模大学Cさん

本学でも同じようなケースがありました。その時は、大学から30名くらいの学生が一緒に短期間の語学留学プログラムに行くことになっていたのですが、対人関係上の課題を抱えている学生がいました。最終的には本人や主治医とも相談して、休養の取り方に気をつけたり、本来複数人で寝泊まりする予定だったのを一人部屋にするなどの工夫をして、プログラムに参加したということがありましたね。

講師(国立の大規模大学)

もちろん、教育機関として学生の安全面を考えるというのは当然のことではありますが、あまりにそれが過剰になってしまうと、障害のある学生の留学に制限がかかってしまうということがあるかもしれませんし、それは避けないといけないですね。当然ながら、本人とも十分対話して、事前に可能な準備、そして現地での対策などを検討していく必要があると思います。そして、必要に応じて留学先の教育機関等とも連携を図ることが大切です。

国立の中規模大学Aさん

そのように連携を図ろうとしても、留学先の大学等から断られてしまうということは無いのでしょうか。

講師(国立の大規模大学)

状況によっては、そういう展開もあり得るかもしれません。ただ、その時にはこちら側からも丁寧に学生のニーズや支援の考え方、そして具体的な対応策を伝えて、先方の大学等にも理解してもらえるように促す必要があると思います。あくまで、他の学生と同じ権利を障害のある学生にも保障するために、大学等としては必要な対応を講じていくことが大切だと思います。

国立の中規模大学Aさん

具体的にはどのような準備があると良いでしょうか。

講師(国立の大規模大学)

海外への留学については、多くの学生がそうであるように言語や文化などを理解するための事前準備は必要になると思います。そして、それに加えて必要な支援についても十分に整理しておくことが大切になるでしょう。これは特に留学の準備に限ったことではなく、日々の支援について適切な考え方や具体的な方法を用いて対応する、そして、そのような状況を丁寧に記録しておくということが一番だと思います。

私立の大規模大学Bさん

私の大学では、留学というのが一つのアピールポイントでもあります。また、留学生が多いということも大学としての価値だと思っています。大学としての強みが、障害の有無によって制約されてしまわないように連携体制や具体的な支援を検討したいと思います。



講師(国立の大規模大学)

いかがでしたでしょうか。障害のある留学生の受入と、障害のある学生が海外留学する場合では、支援部署として関わり方の違いは生じると思いますが、根本的な考え方が変わるわけではないと思います。ただ、当然ながら文化的な違いや社会状況の違いが前提となるため、必ずしもこちら側の価値観や考え方だけで対応することは避けるべきでしょう。例えば、日本の現状ではあまり生じていないニーズであったとしても、それが支援を提供できないという理由にはなりません。合理的配慮の考え方や判断の構成要素をふまえて、個別具体的な対応が必要になるでしょう。言語の壁がある場合もあり、このようなやりとりが難しい場合もあると思いますが、やはり早い段階から丁寧な対話を繰り返すということに尽きると思います。一方で、このような理解や意識を学内で共有できるように、研修等を通じて伝えていくことも重要です。また、留学関係の部署や学部等との連携もより重要な基盤になると思います。具体的なケースが生じなければ検討が難しいということがあるかもしれませんが、事前に部署間の連携についても考え方を整理しておくことで対応がスムーズになるでしょう。

参考情報

AHEAD JAPANの全国大会では、第4回大会(2018年)及び第5回大会(2019年)の分科会プログラムにおいて、障害のある留学生の受入や障害学生の海外留学を取り上げています。

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