第26回 建設的対話とは(参考対話)

「障害者差別解消法」施行に伴い、増加が懸念される紛争を防止・解決するために、大学等はどのような対応をしていけば良いのか、障害学生支援部署が果たすべき役割とは何か、架空の講座やワークショップの中で、様々な課題や解決方法について紹介していきます。なお、ここで紹介する事例は、大学等の対応を検討する上で必要な要素を盛り込むために、よくある状況や対応を想定して創作したものです。あくまでも架空の事例であり、ある特定の事例に基づくものではありません。

第26回 建設的対話とは(参考対話)

障害のある学生に対する合理的配慮の提供においては、「建設的対話」による合意形成のプロセスが大切です。学生の意思表明を発端にして、個々の状況や環境的要因をふまえて支援の必要性を確認し、画一的ではない支援のあり方について対話を通じて見いだしていくことが合理的配慮の重要なプロセスとなります。今回のコラムでは、このような「建設的対話」に関して参考となる対話を紹介することで、その重要性やポイントを確認したいと思います。

登場人物紹介

障害のある学生Aさん:学部1年、車椅子を利用、上肢にも障害があり筆記に時間がかかる

教員Bさん:学生が所属する学部の教務主任

事務職員Cさん

コーディネーターDさん:障害学生支援室


参考対話:肢体不自由のある学生の定期試験における合理的配慮

学生Aさん

大学に入学してから初めての定期試験が近づいて来たので、受験方法について相談したいです。支援室のコーディネーターに相談したところ、なるべく早いタイミングで所属学部に相談したほうがいいということだったので、事務職員の方にお願いして相談の機会をつくってもらいました。今日はよろしくお願いします。

教員Bさん

大学の場合、試験の実施も各授業の教員に任される場合がありますし、授業ごとに試験の実施方法などが異なります。早い段階で方向性を決めて、履修している科目の先生方にも伝える必要があるので、早めに相談してもらって良かったです。それでは、どのような点が心配か教えてもらえますか。

学生Aさん

まずは、試験期間中の移動についてです。車椅子でキャンパス内を移動する際、他の学生に比べて少し時間がかかってしまいます。通常の授業でも遅れそうになることもありますし、実際に遅刻してしまう場合もあるのですが、大学の場合は多少遅刻しても気にならないところがあるので、特に配慮の希望などは出していませんでした。

教員Bさん

なるほど。ただ、定期試験となると遅刻によるリスクが生じますので、余裕をもって試験会場の教室に到着するほうがいいでしょうね。支援室として、例えば車椅子を押すなどのサポートはできないでしょうか。

コーディネーターDさん

確かに人的支援によって移動のサポートをすることは考えられますが、Aさんは移動そのものが遅いわけではなく、誰かがサポートしてもそれほど速さが変わるわけではありません。例えば、教室を変更してAさんが受講する科目の教室を近いところに設定するというのはいかがでしょうか。

事務職員Cさん

事務的には授業を開講する教室を調整することは可能です。定期試験の時間割や教室についてはまだ確定していないので、今からならAさんの受講科目をふまえて教室を設定することができます。ただ、それなら通常時の授業でも変更できたほうがいいということでしょうか。学期の途中なので、少し検討が必要ですが。

学生Aさん

自分の都合だけで教室を変更してもらうということは考えていませんでした。ただ、通常の授業だとそれほど困っていないので、とりあえず今回は定期試験の時だけで構いません。でも、教室の変更ができると有り難い時はあると思いますので、今後そのようなことがあれば相談させてください。

コーディネーターDさん

あと、教室を変更していただく際には、現在Aさんが教室で使用している昇降式の机も試験会場となる部屋に運ぶ必要がありますよね。

学生Aさん

そうでした。私が受講している授業の部屋には、車椅子に乗ったまま使用できる昇降式を設置してもらっているので、それも試験会場の部屋に運んでいただきたいです。

事務職員Cさん

はい、それも大丈夫です。試験前の最後の授業が終わったら、試験会場となる教室に移動させるようにしますね。

教員Bさん

それでは、まず教室変更についてはそのような形で対応することにしましょう。その他にも配慮が必要になりそうなことはありますか。

学生Aさん

一番気になっているのは筆記による解答です。障害の影響で筆記がとても遅くなってしまうため、入試の時には時間延長による受験を認めてもらっていました。これはセンター試験(共通テスト)でも同じでした。今回もそのようなお願いは可能でしょうか。

事務職員Cさん

入試の時にも障害を理由とした必要性や妥当性が認められて時間延長の措置をしていたので、それを定期試験で実施することは検討できると思いますが、事務的な対応としては通常の教室以外に別室を確保することや試験監督の調整が必要になった場合に対応できるのか気になります。

教員Bさん

定期試験の期間中は多くの教職員が忙しいですし、かなり多くの教室が使用されています。どこまで個別的な対応ができるかわかりませんね。また、連続した授業で時間延長を行なう場合などは、双方の授業に影響が出てしまいそうです。支援室として何か意見はありますか。

コーディネーターDさん

Aさんの障害状況を考えると、筆記の困難さに対する時間延長という措置は妥当といえます。それだけに、もし時間延長という措置を考えるなら、教室や試験監督についてはなんとかうまく確保していただきたいところです。一方で、Aさんは通常の授業では筆記はほとんどされていませんよね。確かノート作成なども全てパソコンを使用されていたと思います。

学生Aさん

はい、授業中や自分で自習する時は基本的には筆記はしておらず、全てパソコンでノートをとったりしています。授業内でちょっとしたコメントシートを書くような場面でも、授業担当の先生にお願いしてメールでコメントを送ることを許可してもらっています。

コーディネーターDさん

ちなみに、パソコンを使用する場合のスピードはいかがですか。筆記をする時のような困難さはありますか。

学生Aさん

パソコンは高校時代から家で使っていて、パソコンで文字を打つだけなら他の人とあまり変わらないスピードで作業することができると思います。

コーディネーターDさん

なるほど。例えば、定期試験でもパソコンによる解答をしたいというような要望はありませんか。科目や試験の内容などにもよると思いますが、最近は入試や定期試験などにおいて、パソコンでの解答を認めるようなケースもあるようですよ。

学生Aさん

もちろん、パソコンでの解答が認めてもらえるなら、それが一番有り難いですが、そもそもそれは無理なことだと思っていたので、考えていませんでした。

教員Bさん

パソコンでの解答を認めるというのは、運営上クリアしておく課題がありそうですが、仮にそれが認められるなら時間延長の必要はないということでしょうか。

学生Aさん

はい、私としては必要ありません。あと、パソコンを使わせていただけるなら、単純に筆記よりスピードが早くなるということだけでなく、疲労が溜まりにくいので長い時間の作業が可能になります。1日のなかで試験が連続する日もあると思いますので、認めていただけるなら私としてはとても有り難いです。

教員Bさん

わかりました。Aさんの履修科目では論述形式の科目が多いですし、筆記の代替としてパソコン資料を認めるというのは、比較的認めやすいように思います。ただ、それをふまえても、一応不正防止という側面がありますので、ご自身が持ち込むパソコンを使ってもらうというわけにはいかないように思います。事務室から貸与してもらうことなどは可能でしょうか。

事務職員Cさん

何台必要になるかにもよりますが、ある程度は貸出が可能だと思います。万が一のトラブルにも備えて、予備のパソコンもあったほうがいいですよね。あとは、教室変更を検討する際に、教室内の電源や座席の位置などを確認する必要がありそうなので、この点は事務室で確認しておきます。

コーディネーターDさん

支援室でもパソコンの貸出は可能です。また、非常に重要なことですが、パソコンでの解答にあたっては、データ保存や解答データの提出方法について、きちんと確認しておくことが大切だと思いますが、いかがでしょうか。

教員Bさん

確かにそうですね。これは試験の実施や評価に関わることなので、一番確実な方法について学部内で一度検討するようにしたいと思います。非常勤の先生方もいらっしゃるので、学部のほうで対応ルールを作って、統一した方法で試験を実施できるようにしておく必要がありそうです。

学生Aさん

時間延長しか方法がないと思っていたので、とても有り難いです。大学での定期試験は初めてで、おそらく文字を書く量も多いだろうと思っていたので、自分の力が発揮できるのか心配していました。よろしくお願いします。


ポイント

まず、このような協議をする際には、関連する立場の教職員がそれぞれ参加していることが望ましいです。また、障害による必要性を確認するだけでなく、学生としてどのような意向があるのかということを確認するところが協議のスタートラインとなります。一方で、学生が自分の困難さや社会的障壁(この場においては大学組織としての事情等も含む)を全て理解しているとは限りませんので、それぞれの立場から、大学という環境のなかでどのような事情があるのか、又どのような解決策やアイデアがあるのかを能動的に意見し合うことが大切です。
学生と大学は対立的に協議するわけでは無く、あくまで建設的に双方の状況などを共有して、そのなかで妥当な措置を検討していくことで、合意形成を目指すことができるでしょう。このプロセスのなかでは、時には当初考えていた方向性と異なる方向性が見いだされる可能性もあります。今回の参考対話でも、学生が当初想定していたニーズや解決策だけにとどまらず、周囲の教職員が能動的に関わることで新たな意思表明に繋がる場面がありました。
建設的対話とは、今回の参考対話のように何度も情報をキャッチボールしながら、双方が歩み寄っていくというようなプロセスです。もちろん、この協議にあたっては、大学としての本来の業務や授業等の本質など、合理的配慮の必要性・妥当性を検討する上で必要になる要件を丁寧に検討していくことが必要ですが、いずれにしても対立的な交渉ごととして捉えるのではなく、教育の権利保障を目指すという双方に共通する目的にむかって、まさに「建設的に」関わり合うことを意識することが大切になるでしょう。

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次回予告

第27回「紛争の防止と解決」は3月24日公開予定です。

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