一緒に考えよう!合理的配慮の提供とは
「障害者差別解消法」施行に伴い、全ての大学等についても、不当な差別的取扱いが禁止され、合理的配慮の提供が求められています。では、どんなことが不当な差別的取扱いにあたるのか、合理的配慮とは何なのか、その基本的な考え方について、わかりやすく解説します。
第9回テクニカル・スタンダードについて
講師 |
障害のある学生が大学等に入学したものの、修学における基準(ディプロマ・ポリシーやアドミッション・ポリシーだけではわからない、より詳細な能力要件)が、前以って明確にされていなかったために、後になって、単位や資格の取得が難しいことや、大学等に配慮できる体制がないことがわかったり、どのように配慮を行なうかの調整が難航することがあります。こうした詳細な基準を明示したものが、「テクニカル・スタンダード」です。今回は、私のところに相談に見えた支援担当者の話から、合理的配慮の提供における、「テクニカル・スタンダード」について考えます。
検討課題
- テクニカル・スタンダードとは
- テクニカル・スタンダードの策定
- 合理的配慮の提供における役割
登場人物
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テクニカル・スタンダードとは
講師:Aさんのご相談は、医学部に所属する肢体不自由の学生B君が、OSCE(※1)を受験するにあたっての合理的配慮の提供についてです。OSCEとは客観的臨床能力試験のことで、医学部等、医療系専攻の学生は、この試験に合格することが臨床実習に進むための条件の一つになっています。B君は、片手に麻痺があるため、基本的臨床手技という項目の中に、できないことがあることがわかりました。そこで、Aさんは、B君の指導教員であるC先生に配慮依頼をしたのですが・・・。
C先生:配慮って言われてもねぇ、OSCEは共用試験だから、内容を変えたり評価基準を変えたりすることはできないよ。それに、医者として必要な手技を誰かが手助けするとか、しなくても合格させるというのは、医学部としての教育の本質に抵触するだろう。それは、合理的配慮とは言わないんじゃないの。
Aさん:でも、それではB君は、せっかく入学して、これまで一生懸命勉強してきたのに、病院実習に行くこともできないし、医師免許を取ることもできないんでしょうか。だとしたら、医学部に入学したことがそもそも間違いだったということなんですか。
ただし、注意しなくてはならないのは、米国のテクニカル・スタンダードは、欠格条項とは異なるということです。テクニカル・スタンダードを満たしているかどうかを検討する際には、必ず合理的配慮の提供を考慮することが前提とされています。臨床実習等では、実習の現場に、安全で効果的な医療看護を必要としている患者がいます。そのため、そこでの業務遂行に本質的に必要とされている基準が「テクニカル・スタンダード」として言語化・構造化されています。しかし、安易に障害を理由として、テクニカル・スタンダードを特定の学生が満たしていない、と判断されることはありません。米国では全盲や、ろう、肢体不自由のある看護師が病院で働いている事例があることからも明らかですね。
Aさん:なるほど。B君の場合も、C先生のように「必要な手技を誰かが手助けするとか、しなくても合格させるというのは、医学部としての教育の本質に抵触する」といった抽象的な意見ではなく、医学部の特定のコースで、詳細な「テクニカル・スタンダード」がもしあれば、その要件を満たすために必要な合理的配慮について検討することができますね。配慮があることでB君がその「テクニカル・スタンダード」を満たせるのかどうかを、具体的な基準を土台にして、本人や教員が対話することができるわけですね。
テクニカル・スタンダードの策定
Aさん:なるほど。では、学科や専攻ごとに「テクニカル・スタンダード」について議論しておく必要があるということですね。 でも、それをするのは、私たち支援担当者ではなく、学科や専攻を担当される先生方ですよね。私たちには、それぞれの学科や専攻の専門的なことはわかりませんし。
講師:そうですね。「テクニカル・スタンダード」は、まさに、その学科やコースの教育における具体的な到達目標や評価基準ですから、教員でなければこれを策定することはできません。しかし、それが合理的配慮を提供する上での柔軟性を持たない、欠格条項的なものになってしまわないようにすることも重要です。そこで、障害学生支援の専門性のある担当者が、それぞれの学科や専攻と連携して、障害学生支援の視点を入れた「テクニカル・スタンダード」を策定していただけるように協力していくことができます。それは障害学生支援部署の重要な役割だと思います。実際に米国でも、そのような形でテクニカル・スタンダードをつくっていくことにしている大学が少なくないようです。
日本では、「ルールは守るもの」という考え方が強く、「例外は認められない」となりがちです。このため、学科や専攻の教員だけで「テクニカル・スタンダード」の策定にあたった場合、障害のある学生を排除するような記述となってしまう可能性があります。米国では、合理的配慮の妥当性について、過去の判例を参考にしながら、個々の事例でケースバイケースに決定していきます。そこでのルールは、単に従うべきものといよりは、ある特定の状況で、意思決定にいたるまで、関係者が公正に議論したり、交渉したりするための土台として使われます。土台がおかしければ、それを変更することも必要です。そうして社会全体で、社会参加の公平性についての共通理解を作り上げていくわけですね。テクニカル・スタンダードを言語化、明文化していく過程では、排除のためのルールにならないように注意して、教育の機会を公平に保障するためのツールとしていくことが重要です。
Aさん:そうやってできた「テクニカル・スタンダード」を、学校のウェブサイトで公開しておけば、入学を希望する高校生の皆さんが進路を選択するためにも、とても有益な情報になりますね。日本では「テクニカル・スタンダード」という言葉が根付くかどうかはまだわかりませんが、そのような性質の情報が公開されているといいなと思います。
合理的配慮の提供における役割
講師:また、テクニカル・スタンダードは、合理的配慮の提供を円滑に進めることにもつながります。テクニカル・スタンダードは、障害学生から合理的配慮の申し出があった場合に参照する、何を持って合理的とするかを考えるための基準になるからです。教育の本質を変更することなく、学生のニーズを満たすためには、どのような配慮を提供すればいいのか、学生との建設的対話を進めるにあたっても、教員への配慮依頼を行なうにあたっても、テクニカル・スタンダードに照らして検討していけば良いのです。学生と話すときは、「テクニカル・スタンダードには、『○○が遂行できること』と書かれていますが、例えばどんな配慮があれば、それが達成できると思いますか?」のように、学生と対話を進めることができます。教員と話すときには、「テクニカル・スタンダードには、『○○が遂行できること』と書かれていますが、それは他の学生と全く同じ方法でないと認められないのでしょうか?その本質は○○という方法でも充足できるのではと思いますが、どうでしょうか?」と対話することできます。実際のところ、教員ひとりひとりの講義の単位認定と、テクニカル・スタンダードが常に関係するわけではありません。しかし、必修単位とされている講義で、どこまでの範囲で配慮を認めることができるのかを検討する上で、関係者間の議論や交渉を助けるものになるでしょう。
「テクニカル・スタンダード」が何故必要なのか、また、合理的配慮の提供について協議、決定する際に、どのように役立てれば良いのか、今回の内容が参考になれば幸いです。また、 こうした考え方については、支援部署だけでなく、学科や専攻の担当教員や教育部門全体、学校全体で理解していただけるよう、働きかけていくことも重要です。
以上の点について、詳細は、以下の「紛争の防止・解決等のための基礎知識(2)大学等における主な課題」でも解説していますので、ご参照ください。
※1:OSCE=客観的臨床能力試験。医学部、歯学部、薬学部6年制課程、獣医学部の学生が臨床実習に上がる前に、この試験とCBT(薬学の実務実習を行なうために必要な知識、態度を評価する共用試験)の2つに合格することが、臨床実習に進むための条件となる。
※2:JABEE認定=工学・農学・理学系の学科やコースの技術者育成教育プログラムに関する認定基準で、「技術者に必要な知識と能力」「社会の要求水準」等、技術者教育認定の世界的枠組みであるワシントン協定等に準拠している。
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