「障害者差別解消法」施行に伴い、増加が懸念される紛争を防止・解決するために、大学等はどのような対応をしていけば良いのか、障害学生支援部署が果たすべき役割とは何か、架空の講座やワークショップの中で、様々な課題や解決方法について紹介していきます。なお、ここで紹介する事例は、大学等の対応を検討する上で必要な要素を盛り込むために、よくある状況や対応を想定して創作したものです。あくまでも架空の事例であり、ある特定の事例に基づくものではありません。
第23回 合理的配慮のモニタリングと調整(1)
障害のある学生が苦労して勉学に努めているのをみて、良い支援を合理的配慮として進めたい、という気持ちを持たない方はいないでしょう。事前調整で教員を説得し、なけなしの人材や資源をなんとかやりくりして、合理的配慮の企画をつくりあげる。それなりに動きはじめた際には、そこに至るまでにかけられた労力や熱意を考えると、まさに報われた、という思いがする瞬間かもしれません。
しかし、合理的配慮は、企画し実施する、だけで終わりというわけではありません。支援ひとつをとっても、それが長期的に継続されているか、公平でありつつも学生の主体的な学びを促し続けているか、さらには高等教育機関としての本質的な学習提供に繋がっているか、常に問われていると言わなければならないでしょう。
そのために必要な、合理的配慮提供後のモニタリングや建設的対話継続について、今回から3回に分けて考えていきます。ある私立の中小規模大学の障害学生支援室に絞って、そこでのケーススタディを体験していただくワークショップとしたいと思います。どういったモニタリングが求められ、どういった調整がなされるのか、会話形式で考えてみましょう。第23回は、モニタリングとは何か?その必要性と重要性について考えます。いつもと異なるコラムを、ぜひお楽しみください。
検討課題
- モニタリングとは何か?その必要性と重要性
登場人物紹介
この大学の障害学生支援室の責任者です。学部所属の教員の兼任で障害学生支援が専門ではありませんが、支援室の業務には意欲的です。
この大学の支援現場の取りまとめをしています。障害学生支援に対しての経験は豊かで、専任として実質的な差配をしています。
支援のスタッフとして勤務しています。一方で大学院に通っていますので、事務職員と学生の双方の立場がわかります。障害学生支援を勉強中です。
合理的配慮におけるモニタリングの重要性と必要性
Aさん |
今年は新型コロナウィルス感染症(COVID-19)で授業がオンライン化されているので、いろいろ大変ですね。先日の検討会議で決まった視覚障害のある学生への対応はどうなりましたか?
Bさん |
Eさんですね。その授業では、教員への質問や授業資料のダウンロード等を行なうアプリケーションとしてGoogle Classroomを使用することになりました。画面の情報を読み上げるスクリーンリーダーがGoogle Classroomに対応できるかどうか、Eさんと授業担当TAのCさんとで、事前に「できる・できない」を一から確認してもらったんです。
Cさん |
その時は、結局、十分に対応できないことがわかったので、授業担当の先生からEさんに、直接メールで教材や課題を送付していただくことになりました。デジタルデータになっていない教材は、私がスクリーンリーダーで読める形にして提供しています。
Aさん |
いい対応ですね。
Cさん
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でも、そこで問題が発生してしまったようで、教材や課題の提供の方は、計画どおり進んでいるんですが……。
Bさん
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もしかして、何か授業に急な変更がでた、とか?
Cさん
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そうなんです。授業が進んで、急遽、学生の皆さんとQ&AをWeb会議システムのGoogle Meetでやることになっていました。
Bさん |
え!そうなの?Eさんが、スクリーンリーダーでGoogle Meetを使えるか、急いで確かめないと……。講師の先生は何か言っていませんでした?
Cさん
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もう決定事項という感じで、来週からやりますと履修生にアナウンスされていました。私はびっくりして、詳しくお伺いしようと思ったのですが、「音声で話すんだから視覚に障害があっても大丈夫かと思っていた」とのことで……。
Bさん |
そうですか……わかりました。早速、先生とEさんに連絡をとって、もう一度、支援計画を練り直してみます。Cさんも、手伝って下さいね。
Dさん |
お疲れ様です。私はまだ勉強し始めたばかりですが、支援の現場って大変なんですね。せっかくBさんとCさんが緻密にプランニングしても、授業環境の変化によってやり直しになってしまうなんて、ちょっともったいないですね。
Bさん |
いえいえ、そんなことはないんですよ。むしろ合理的配慮というものは、何度も繰り返し、当事者の学生や授業を担当される先生から聞き取りをして、細かく調整したり改善したりしていくことの繰り返しなんです。
Cさん |
Bさんは今回の支援計画の前に、Eさんご本人にもずいぶん丁寧に聞き取りをされていましたよね。カウンセラーの方と協力して各種の検査までされて、私もお手伝いしながらその詳細なやり方に感動しました。
Aさん |
Cさんが言っているのは支援計画のために事前に行なわれる「アセスメント」ですね。一方で、Bさんが言っているのは支援過程の経過を把握する「モニタリング」とそれによる「建設的対話」です。
Dさん |
「アセスメント」と「モニタリング」は違うんですか? Bさんはよくヒアリングをされているので、違いがわからないのですが……。「モニタリング」は「アセスメント」ではわからなかったことを観察する追跡調査のようなイメージですか?
Aさん |
うーん、いい質問ですね…。Bさんはどのように答えますか?
Bさん |
そうですね……、「アセスメント」は支援計画を立案するために必要な情報を、支援を受ける障害のある学生から聴取するヒアリング、「モニタリング」は実際の支援実施状況に絞り込んで、その経過が順調か、変更が必要なところはないかを定期的に把握していくヒアリングでしょうか。
Cさん |
なるほど。では、先日Bさんをお手伝いして行なったヒアリングは、事前の環境の確認ですから「アセスメント」になるわけですね。Bさんは、夏休み前に、授業が終了した学生から前期の支援の結果はどうだったかをヒアリングされていましたが、あれが「モニタリング」ですか。
Bさん |
あれは支援計画が最終的にどうだったかの「評価」をお伺いして夏休み以降の支援計画に活かそうというものなので、「モニタリング」ではなく、「事後アセスメント」という言い方をするかもしれませんね。
Aさん |
アセスメントにも、支援企画の前に行なう「事前アセスメント」と支援終了後に行なう「事後アセスメント」がありますから、なかなか区別が難しいですね。教育学においてassessmentは、1990年代にテストのevaluationが発展する形で導入された概念で(Komos, 2005など)、支援の効果を「評価」するものとして、知られていますね。
Cさん |
なるほど、そう考えると、モニタリングは「評価」というよりは、支援そのものがどううまく実施できているか、問題が発生していないのかどうかを「把握」するものだ、と言えるのかもしれませんね。
Dさん |
「モニタリング」というと、何か「監視」したり「管理」したりというイメージをもっていたんですが、だいぶ違うことがわかりました。アセスメントの簡易版がモニタリング、というわけでもないんですね。
Bさん |
そうですね。モニタリングは「途中観察」を行なって、まさに今、行われている支援の改善に活かすという視点がありますね。一方で、事前にしろ事後にしろ、アセスメントが支援の評価に重点を置いているのとは、力点が違うところがあります。それぞれ定義に関しては様々な議論があるようですが、アセスメントだけではなくモニタリングの視点が求められている、ということは言えるかもしれません。
Cさん |
今回もきちんと定期的に「モニタリング」ができていれば、もっと早く、授業方法の変更などを把握できたかもしれませんね。今後は気をつけたいと思います。
Dさん |
でも、Google Meetが導入されることを事前に掴むことができたわけですから、Cさんによる「モニタリング」ができていたと言ってもいいんじゃないですか?
Bさん |
いいえ、「モニタリング」はそんなふうに偶発的だったり省力化されたりして良いものではありません。そもそも合理的配慮だけでなく、どのような支援であっても偶然に判ったという幸運に頼ってはいけません。その状況については、実際に支援しているスタッフがその経過を一番よく知っています。例えば、該当学生や教員に聞いたり授業を見学したりする「直接的モニタリング」だけでなく、支援スタッフの報告書などの文書を元に「間接的モニタリング」を実施するのは良いですね。スケジュールや人材の調整の負担が少なくてすみます。
Dさん |
私たちが支援後で提出する「ボランティア報告書」も、「モニタリング」の一部を担うともいえるんですね。事前アセスメントはもちろん、支援の企画、その実施、その事後アセスメントに加えて、さらにモニタリングまでと、支援室の負担増加が気になっていたのですが、私たちを含めてみんなで協力できるものである、というのは、なんだか、うれしいです。
Bさん |
そうですね!現在の支援が、計画立案時の予想通りに効果を発揮しているか、学生の状態や周りの状況の変化によって予想していなかった問題は起きていないかなど把握するためのものなので、むしろアセスメントなどの評価過程に増して、支援をしているスタッフやボランティアはもちろん、障害のある学生自身、担当教員、さらには学内の関連部局などに、広く関係してきます。それでは次回は、「モニタリング」をすることでどういった良い効果があるのか、「建設的対話」の継続という観点から、考えてみましょう。
参考情報
JASSOの専門テーマ別セミナーの記録がまとめられています。最新の知見に基づく資料を入手できます。
同じくJASSOが委託した調査研究です。本コラムでは十分触れられなかった、学生本人による評価についての貴重な研究成果です。
公益社団法人全国脊髄損傷者連合会がまとめた報告書です。本コラムで触れられなかった通学という観点ですが、モニタリングの必要性が豊富な観点から言及されています。
国立情報学研究所がCOVID-19による大学のオンライン化のために、2020年に開催したシンポジウムの記録集です。障害学生への情報保障でも参考になる情報が集められています。
Judit Kormos, 2017, “Assessing the Second Language Skills of Students with Specific Learning Difficulties”, The Second Language Learning Processes of Students with Specific Learning Difficulties, Routledge.
配慮、アセスメント、モニタリングの関係が簡潔にまとめられています。
ご意見募集
本コラムへの感想、ご意見等を募集しています。以下のメールアドレス宛てに「ウェブコラム第23回について」というタイトルでお送りください。
メールアドレス:tokubetsushien【@】jasso.go.jp
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次回予告
第24回「「合理的配慮のモニタリングと調整(2)]は、2月10日公表予定です。