考察・今後の展開

1.合理的配慮の提供プロセスと効果評価

本研究では障害学生本人を評価者とした合理的配慮の提供に関する調査研究を行った。また、今年度の調査ではコロナ禍におけるオンライン授業に対する障害学生の修学支援状況ならびに学生生活の変化についても調査した。その結果、全国127校の大学等ならびに431名の障害学生の協力を得た。調査の結果について本研究の目的に沿って、令和元年度調査から新たに分かったことを中心に総合考察を行う。
今年度の調査では合理的配慮の提供プロセスに対する総合的な満足度だけでなく、様々な観点で配慮内容の効果評価を試みた。1つ目に、満足している配慮内容と満足していない配慮内容をそれぞれ学生に回答していただき、その内容と申請した/提供された合理的配慮の内容を比較検討した。結果としては、今年度の調査においても障害学生全体において満足度は高かった。一方で、満足していない配慮内容からは「担当者の交代により適切な対応がされなくなったこと」、「テイカーなど支援者の質保証とマッチングがうまくいかないこと」、「物理的な環境整備を行ってもルールが整っておらず十分に利用できないこと」、「授業担当教員への配慮内容の周知と障害理解が十分ではないこと」などが示された。このことは公的な制度や設備、一部の人員を整えるだけでは不十分であり、大学等の構成員全体において障害学生への合理的配慮に関する理解・啓発ならびに質保証を徹底していくことの必要性が改めて感じられるものである。
また、総合的な満足度評価からも伺えるように「障害や授業に関する豊富な知識」に裏打ちされた「合理的配慮の仕組みや内容に関する丁寧な説明や情報提供」、「申請後の迅速な対応」、「学生の障害やニーズに関する親身な相談対応」を通じて、学生が希望した配慮内容についてできるかぎり「多くの内容を満たすこと」が学生の満足度の向上には大きく寄与することが確認された。実際の配慮内容は過重な負担がないことを考慮して建設的対話に基づき決定されるため、必ずしも学生が希望した配慮内容が実現しない場合もあるが、障害学生と建設的対話をするという姿勢が配慮内容そのものよりも満足度に影響していることが伺える。加えて、自己報告にはなるものの配慮提供後の成績や単位取得割合、修学上の困難感など満足度の他に配慮内容の有効性を評価するための関連指標も含めた。関連指標の変化からは、授業内容・評価方法の変更・代替など成績や単位取得に直結するような配慮内容を除いては、基本的に合理的配慮の提供により学業成績の向上には寄与しない場合が多いが、合理的配慮の提供により、障害学生の修学上の困難感の軽減が多くの学生で示された。このことは、合理的配慮の提供により障害学生においての社会的障壁が除去され、学習への参加を促進したことの表れと言えるかもしれない。
合理的配慮は多様な障害学生それぞれにおいて内容や質が異なる上、同じ障害名であっても学生によって求めるものは変わってくることがある。合理的配慮の効果を適切に評価するためには大学等の教職員による自己評価に加えて、障害学生自身に本調査で用いた評価指標等をモニタリングとして定期的に実施し、何が大学等と障害学生間の社会的障壁として残っているのか点検・改善していくことが必要である。

2.オンライン授業に対する障害学生の修学支援状況

2020年は新型コロナウィルス感染症の拡大に伴い、大学等の高等教育機関においては大きな変化を迫られた年である。大学等によりオンライン授業の実施形態や対面授業との組み合わせも異なる上、学期の進行に伴って授業形態もさらに変わっていく状況にある。そのような大きな動きの中で社会的マイノリティである障害学生が授業等の学習にアクセスできないという事態は避けなければならないことである。本調査は障害学生本人を対象とするオンライン授業への対応に関する全国調査として、初の試みである。本調査の結果は社会的マイノリティである障害学生の状況を明らかにして、高等教育を取り巻く大きな変革の中で、オンライン授業における障害学生へのアクセシビリティ保障を強く主張するものとなっている。
まず、総評するとコロナ禍において主流となったオンライン授業という形態は「適切な配慮や対応がなされた場合に」障害学生において学習へのアクセスを促進する役割が大きいと考えられる。オンライン授業で役立ったことに挙げられるように、オンラインという道具を活用することで、時間や場所を問わず、障害学生自身のペースで学びやすい環境をアレンジできることが最も大きな利点であり、この点は障害のない学生にも当てはまる利点である。すべての障害分類においてオンライン授業の利点が示されており、学習のユニバーサルデザイン化に向けて重要な役割をオンラインという道具が果たすと期待できる。例えば、視覚障害のある学生にとっては自分が学びやすい形での資料が得られる。聴覚障害のある学生にとっては動画への字幕付与など技術を活用した文字情報の支援、文字によるコミュニケーションを受けられるようになる。肢体不自由や慢性疾患・内部障害等のある学生にとっては移動や体調の制約を超えて、授業を受けられるようになる。発達障害・精神障害のある学生にとっては自身の注意・集中力が最大限に発揮できる条件で授業を受けることができるようになる。このように、多様な障害学生にとって、コロナ禍のオンライン授業は障害による社会的障壁を乗り越える鍵の一つであるかもしれない。
しかし、オンライン授業が障害学生にとって等しく有益と一般化することは慎重になるべきである。例えば、スクリーンリーダーを使用する視覚障害のある学生においては、WEB会議システムや学習管理システム(Learning Management System:LMS)を利用するために、他の学生では行わないような付加的な操作練習等が必要になる。聴覚障害のある学生に対する自動字幕付与の機能も現在の技術では誤変換を完全に避けることは困難であり、修正する必要がある。移動の困難のある学生がいる場合に実験や演習、実習はどうするのか、ということも大きな課題である。本調査の回答を踏まえると、(1)学生本人の障害の内容(障害とオンライン受講という配慮は理論的に関係するか)、(2)学生本人の学びに対するニーズ(学生はオンライン受講を希望しているか)、(3)学生が受講する授業等の本質(オンライン受講により到達目標を損ねるか)、この3点を個別に検討してオンラインという選択肢が適切かを考えるべきである。
現在は、新型コロナウィルス感染症の拡大に伴う感染予防としてオンライン授業が一斉に導入されてきている。上記の3点を踏まえて、大学等における教育の本質を改めて明確化した上で、障害学生の存在を考慮した授業形態の再検討が必要である。その一例として、対面授業を希望する障害学生は適切な合理的配慮のもとで対面授業を受けられ、教育の本質を損ねない範囲において、オンラインを希望する障害学生はオンラインでの受講という手段を新たな合理的配慮として利用できることが望ましいかもしれない。本調査結果をもとに、古くて新しい課題であるオンライン教育の活用について改めて検討する必要がある。

3.本研究の限界と今後の課題

本研究は障害学生が大学等に対して、どのような合理的配慮を申し出て、あるいは提供されたのかを明らかにするとともに、配慮内容に対する満足度を明らかにした点が有益と考えられる。また、今年度の調査ではコロナ禍におけるオンライン授業への対応や学生生活の変化について質問項目を設け、ニューノーマルの障害学生支援について考える基礎資料を提供した点は大きな成果であると言える。しかしながら、今後の発展に向けて解決するべき研究上および制度上の課題がある。今後の課題を考えるにあたり、調査に協力していただいた障害学生から、本調査を通じた意見・感想を表41に示す。表41からは、障害学生から挙げられた本調査の意義や改善点、合理的配慮についての考え、コロナ禍における学生生活についての考えが伺える。
まず、研究上の課題として、本調査では単純集計を基本とする結果の報告にとどまっている。本調査で用いた質問項目同士の関連をより深く分析するために各質問項目間の統計的分析を行うことが必要である。例えば、本報告書で記述する考察は人数や割合の比較のみを行っているが、障害学生の満足度をはじめとする各種効果指標と学生の属性、配慮内容、授業形態等の関連を分析する必要がある。
二つ目に、本研究では障害学生本人への調査を行っているが、合理的配慮の有効性や状況を適切に把握するためには大学等の体制や教職員の対応状況についても合わせて調査することが必要である。例えば、JASSO実態調査における各大学等の種別や学生数、障害学生比率などの情報と本調査結果の関連を確認することも有益であるかもしれない。1点目と2点目の内容については、今後、研究チームにおいてさらなる分析を進めることにより、学術論文等の公益に資する形でまとめていければと考える。
三つ目に、研究から制度・事業への反映である。本調査を通じて、「適切に配慮や対応がなされた場合に」オンライン授業は学習状況をより良く変える学びの選択肢の1つとなりうることが示されたことは大きなブレイクスルーと言えるだろう。しかしながら、現在のコロナ禍におけるオンライン授業の実施は、あくまでも新型コロナウィルス感染症の感染予防を目的としたものであり、障害を理由としたものではない。今後、障害学生がオンライン受講を合理的配慮として希望した場合に、感染状況が落ち着いたことや当該学校が通学課程であることを理由として拒まれる可能性も考えられる。また、大学設置基準におけるオンライン授業の卒業要件参入単位数として通学制では60単位までとされるが、同一授業で障害のない学生が対面で、障害学生がオンラインで受講した場合の判断基準は明らかでない。本調査の結果からwith/postコロナでは、障害学生に対するオンラインでの受講が合理的配慮の1つの選択肢であると関連制度の附則で認めるなど障害学生の存在を考慮した高等教育の制度設計や事業展開が必要かもしれない。
最後に、障害学生本人に対する実態把握や調査の継続である。本プロジェクト研究は昨年度と今年度の2年間にわたって実施してきた。いずれの報告書においても、障害学生本人への調査の継続や発展を希望する声が多く寄せられている。一人一人の障害学生における配慮内容や修学状況は年次進行や障害の状況の変化によっても大きく変わってくるため、各大学等で行う合理的配慮のモニタリングが重要な役割を果たすとともに全国的な実態把握の継続が求められる。表41から調査の意義を認めていただける記述もあり、提案いただいた調査の改善点など、何らかの形で障害学生からいただいた意見を反映させていきたいと考える。改めて、本調査に協力いただいた大学等の教職員、学生の皆様に心より感謝申し上げる。

注意:下記の表については情報量が多いため、HTML上では割愛しております。PDF版をご確認ください。

  • 表41 本調査を通じた障害学生からの意見・感想